風の時代
Φが僕に勧めてきた本の題名は正確には思い出せない。多分『世の金持ちはみんな知ってるお金の作り方』のような名前だったと思う。僕はタイトルを聞いた瞬間、Φの話を遮り、喫煙所に行ってきてもいいかと尋ねた。これから数十分金の話を耐え抜くには、ニコチンを摂取する必要があったし、少しでも一人になる時間が欲しかったのだ。しかしΦは私も吸うからと言って付いてきた。喫煙所に行く目的の半分は失ったが、僕は仕方なくΦと煙草を吸うことにした。Φは赤マルの12mmを、僕はキャスターの5mmを咥えた。Φがピアニシモ等では無く、きちんと太い煙草を吸っていたことや、喫煙所の中で音楽の話をした際に好きなバンドはThe Clashであると言ったことで、僕の中でのΦの評価は30°くらい良い方向に傾いた。拝金主義者という致命傷さえなければ、彼女と分かり合えたかもしれない。全ての物の価値を金という一元的な尺度で計ってしまうことの危うさをどうにか彼女にも分かって貰えないものか。
ラウンジに戻ってからの彼女の話は実に聞くに堪えないものであった。彼女の美点を押し隠し、拝金主義という致命傷をまざまざと僕に見せつける内容だったのである。彼女は一通り本の内容を説明し終えると言った。
「今の時代ってさ風の時代って呼ばれてるんだけど知ってる?」
「いや、知らないです。」
「私の知り合いの経営者はみんな知ってるんだけどね、世間は物質とかハードなものが重視される土の時代から、情報みたいなソフトな物が重視される風の時代に移り変わったの。今は情報を賢く手に入れられない者は取り残されるの。コロナの給付金だって簡単に貰えるのになんでみんな申請しないんだろうって、この前他の経営者達と会った時に話題になってたんだけど、それってみんなお金に関する正しい情報を手に入れられてないからなのよね。今の時代たまに旅行に行ったり、美味しいものを食べたりして老後を有意義に過ごすには一億円必要なの。マコトくんは今の会社で定年までに一億円貯金出来ると思う?」
土の時代から風の時代か。恐らく占星術かなにかの考え方だと思うが、重視されるものを、ハードとソフトで二分してしまったら次の時代が来た時に何を重視されるものとして当てこするか気になった。それに今はソフトな物が重視される時代などでは無い。ビジネスの話は分からないが、先の恋愛ではソフト代表の僕がハード代表のアメフト男に完膚無きまでに打ちのめされたではないか。アメフト男の持つ肉体、Φの持つヴィトンの鞄。いつだってより多く人の関心を集めるのはハードの方なのである。いけない。質問に答えなければ。
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