チー牛お気持ち表明

「私この前会った、趣味がゲームの子にも言ったわ。それ配信してお金にすればってね。やっぱり、こういうサイトで会う人達はそういうお金に対する意識があんまり無い人多いのよね。まあ、私はそういうのが新鮮で出会い系やってるんだけどさ。でね、稼ぐためにやってるんじゃ無かったとしてもさ、稼げた方がいいじゃん。お金に換算すれば自分の書評の価値も分かるし、書評のブラッシュアップにもなると思うよ。」


「彼はゲーム自体が好きでゲームをやっているし、僕は本自体が好きで本を読んでいるんです。この愛にお金が介在する余地などありません。金にすることで書評の価値が分かると言っていましたが、何故自分の価値判断を信じず、世間に価値判断を委ねるんですか?恐らくこの本はこういうことの役に立ちますみたいに、有用性を説く書評を書けば世間からの人気は出て、金にもなるでしょう。ただ僕はそんな書評には微塵も価値を感じません。僕が良いと思った書評は良いし、僕が悪いと思った書評は悪いんです。書評の価値は僕自身が決めるんです。」


僕はムキになって反論した。Φが言っている事にも勿論正しい部分はある。僕だって自分が好きな本を読み、世間の評価を気にせずに書評を書いて、その金だけで生活していきたいものである。現にそのように生計を立てている人間はいるであろう。しかし、僕にその力は無いのだ。中学から懸命に続けて来た読書も、僕の乏しい才能と衒学性のせいで「他人の思想の上を散歩する」とニーチェに揶揄された読書に終始し、僕に鋭い批評の目も、体系的な知識も授けることは無かった。僕の中に蓄積されているのは本に書いてある断片的な箴言ばかりで、その実内容は半分も理解できていないのだ。故に僕の書評のレベルは高くは無い。世間に擦り寄らなければ金を貰えるレベルで無い事は僕自身が一番分かっているのだ。小林秀雄を読む度に、自身の目の付け所の凡庸さと知識不足をひしひしと感じさせられ、無力感に苛まれる。それでも僕は、自分の蒙を開く一節や澄んだ小川の様に美しい文学表現との邂逅を求めて、稚拙な解釈しかできずとも、いつか知なる物にたどり着けると信じ本を読み続けているのだ。Φの発言により自身の無力さを改めて思い知らされた為に、こんなに熱くなってしまったのかもしれない。大いに反省である。ただ、今の僕の状況で書評を金にしないのは正しい選択であることは改めて強調しておかなくてはならない。先に述べた理由以外にもアンダーマイニング効果により書への愛が薄れることだけはご免である。


「へえー。それがあなたの価値観なら否定はしないけど。まあでも、教養ありそうで羨ましいわ。私も南山の英文科卒だからある程度の教養はあるんだけど、最近社会的地位の高い人と話す時に自分の教養不足を感じることがあってね。中田敦彦のyoutube大学とか見て勉強してるんだけど、もっといい方法無いかな。」


「たぶんミキさんが言うような人に話せる教養を身に着けるなら、そのまま中田敦彦のyoutube大学を見続けるのが一番だと思いますよ。」


僕は意地悪く教養の部分にエアクオーツをしながら言った。南山の英文科卒ならこのジェスチャーの意味くらいは分かるだろう。


「ただ、教養というものは自身の内から湧き出る抽象的な問いに対する答えを探す際に自然と身に着く物だと思います。生とは何なのか、幸せとは何なのか、といった類の抽象的な問いを真剣に探究するには、歴史的な名著は避けては通れません。自身の理解の範疇に収まりきらない名著と格闘し、答えを迷い、そうして手に入れた知識の一滓こそが教養としてこの身に刻まれるのだと思います。多分教養を手に入れるのに効率の良い方法なんてありません。強いて挙げるなら、まずは抽象的な問いを発することから始めたらいいんじゃ無いでしょうか。」


「私は豊かになるにはどうしたらいいのかっていう問いを常に考えながら、自分なりの答えを実践してるけどね。私も時間があれば歴史的名著を読んでみるわ。」


Φが豊かさとは何かという問いをすっ飛ばして、豊かになるにはどうしたらいいかという問いを立てているから思考が深まらないのだと突っ込んでやりたくなったが、やめにした。もうΦと議論するのは飽き飽きであった。どうせ大した本では無いであろうが、とっととΦの書評を聞いて帰ろう。

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