決戦前夜

 考えること、待つこと、断食することが出来れば、池に投げ入れられた石が最短の経路を通って水底に到達するように、目的は達せられるとヘッセが描いたシッダールタは言ったが、僕の目的は考えること、待つこと、大食いすることによって池に投げ入れられた石が最短の経路を通って水底に到達するように達せられた。筋力で劣る相手に対しどのような立ち回りが最も効果的なのか考え、依頼採用の連絡を待ち、試合を少しでも優位に進める為に大食いをしながら二週間過ごしていたところ、番組のディレクターから採用を告げる電話がかかって来たのだ。彼は興奮気味に電話の向こうから僕の恋愛の顛末を尋ねてきた。そして是非とも君の依頼を叶えたいと熱弁した。彼の真摯さに心打たれ、僕は語りたくも無い失恋の顛末を長々と語り、是非とも依頼を叶えて欲しいと嘆願した。きっとこういう人がテレビマンの模範なのであろう。僕が知らない男の失恋話を聞かされたら一笑に付すのみである。彼のような共感力と熱意を持つ人がテレビを万人受けするメディアに育て上げたのだ。感服、感服。僕らは勤務中にも関わらず数十分に渡って電話をしていた。二人で依頼の実現に向け熱い約束を交わすと、彼は最後に依頼の実現には君の同期の子とその彼氏の許可がいるから、そこだけ取ってきてねと言い電話を切った。遂に真の英雄になるチャンスが回って来た。しかも今度は男子校内だけでなく、関西一円の英雄になれるチャンスだ。僕は走って店内のマミちゃんの元に向かった。

マミちゃんに依頼が採用された旨を伝えると、彼女は驚き、そしてけらけらと笑った。相変わらず笑顔が可愛い。


「いやあ、この依頼文ならやっぱり採用されるよな。」


その通りである。書きあげた時から採用されることに疑いは無かった。


「ほんまは『好きな子の彼氏を殴りたい』って依頼なのに、その野蛮さを隠してる所がミソよな。で、マミちゃん出てくれる?」


「もちろん。彼氏にも聞いてみるわ。」


彼女はそう言って軽い足取りで業務に戻っていった。

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