ミッションインポッシブル

 強靭な精神により戦いを互角に進めているように思われたが、ある日の電話でこの恋愛の戦況を唯一知るマミちゃんから衝撃の中間報告を受けることになる。


「私今度の連休関西に帰ったら、彼に告白しようと思うんよね。女の子から告白するのってマコトどう思う。」


今までのアメフトエスカレーター男の話もボディーブローのように僕の精神を削っていたが、今回はその比では無かった。イゴール・ボブチャンチンのロシアンフック並みの重い重い一撃であった。互角にも見えていた戦況は実際の所敗北一歩手前まで追いつめられていたのである。終戦直前の敗戦国の国民にでもなったかのようである。自分の目は客観的であると信じていたが、想像以上に楽観的であったらしい。


「もしマミが付き合っちゃったらさ、今までみたいに会えなくなるん?」


取り乱した僕はマミちゃんからの質問にも答えず、へなへなとベッドに倒れ込みながら言った。気持ちが悪い。なんと女々しい発言であることか。


「まあ、せやな。彼氏以外の男とこんなに家行き来したり、お弁当作るのもおかしいもんな。」


「そっか。そうやんな。」


寺山修司は人間が自然を作り替えたように、今度は文明が人間を作り替えていると言っていた。細かい字を読むために近眼になり、革靴を履いて通勤するために偏平足になったと。文明によって作り替えられているのは何も身体のみではない。本来定住生活などしていなかった人間が安定した労働のために定住を選び、ポリアモリーで豊かな愛を育んでいた筈が相続等の争いを避ける為の結婚制度によりモノガミーに作り替えられた。だからマミちゃん。文明に負けず、人間本来の愛の育み方であるポリアモリーに戻って僕とも今の関係を続けてはくれまいか。普段の僕ならこれくらいの返しは出来たであろう。しかし事態は深刻である。次のマミちゃんの連休までは後十日。残る『プリズンブレイク』はあと三話。無駄なバースを吐いている暇はない。こう思考している間にもタイムリミットは刻一刻と近づいているのだ。次の連休までにマミちゃんを振り向かせ、告白を阻止しなければならない。ブルジュハリファの壁面を駆け下りるより困難なミッションである。


「マミが振られる訳無いから、付き合っちゃう前にプリズンブレイクだけ見切ろうや。」


「そうやな。明後日の夜暇やし、うちで最後まで見よ。」


明後日が僕のラストチャンスである。失敗は許されない。万一に備え僕は『女医が教える本当に気持ちいいセックス 上級編』を再読し来たる戦いに備えることにした。

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