密着!!!

「ごめん。待った?」


マミちゃんが職場から出て来た。世の全てを映し出せるのではないかと思わせる、澱みが無く大きな目、少し外ハネした艶やかなショートヘア、卵アイスのような弾力のある頬、今日もマミちゃんは美しかった。僕の行動次第ではこうしてマミちゃんと二人きりで待ち合わせをすることも今日で最後になる。身が引き締まる思いだ。


「全然。行こうや。」


マミちゃんの背中を押しながら僕は言った。


「なんか女の子の事触り慣れてないのが丸分かりな触り方やな。ためらいがあんねん。触るならもっと男らしく思い切り良く背中押さんと。」


マミちゃんが僕の背中を力強く押しながら言った。幸先の悪いスタートである。上級編など読んでいる場合では無かった。セックス以前の問題だ。しかし仮にもブラジャーの感触がする部分をためらいも無く触れる筈が無い。


「難しいな。もう一回触っていい?」


「きっしょ。そうやって聞くのもあかんねん。」


日本語がハイコンテクストな言語であることを失念していた。言語を介さずに同意を読み取らねばならないのである。紳士的な気遣いが命取りになるとは皮肉なものである。ジェントルよりワイルドにということか。


背水の陣で挑んだ筈の最後のデートであったが、僕の拙い触り方が災いし、川に片足を突っ込んでしまった状態でマミちゃんの家についた。部屋に入ると、以前までのシンプルな家具に大きな黄色いビーズソファが加わっていた。今日はマミちゃんとより近い距離で『プリズンブレイク』を見るため、携帯画面をテレビにミラーリングするコードを敢えて家に置いてきた。本来ならベッドに腰かけて小さな画面を二人で見る算段であったが、折角なので新入りのビーズソファを使うことにしよう。そっと新入りに腰かけると、そいつはぐにゃりと形を変え、僕の尻と背中を模りながら水平方向に広がった。


「ごめん。ミラーリングのコード忘れたわ。」


故意に忘れて来たことを勘付かれないように、がさごそとリュックサックを漁りながら言った。


「どうせテレビもそんな大きくないし、ええよ。マコトの携帯で見よ。」


そう言うとマミちゃんは本来一人掛けである筈のビーズソファーの余ったスペースに腰掛けた。完全なる密着状態である。僕らを隔てるものは、身に纏った衣類とアメフト男以外何もなかった。時折僕の脇口あたりから斜め上を向いて話しかけてくるマミちゃんは例えようも無い程愛おしかった。ここはぐっと肩を抱き寄せるべきなのか、それとも先ず告白をしてから肉体的接触を図るべきなのか、小さな画面の中で娑婆への脱出に向け着実に一歩ずつ前進するスコフィールドとは裏腹に、僕はこのゼロ距離の攻防で足踏みしていた。皆どうやって異性との自然な触れ合い方を学ぶのだろうか。一歩間違えればお縄になりかねない危険な行為を、何故いとも平然とやってのけることが出来るのであろうか。マミちゃんは僕の胴と左腕の間にすっぽりと収まっていたが、僕の左腕はマミちゃんを抱き寄せることはできず、千切れたトカゲの尻尾のように、絶対にくっつくことの出来ない正しい場所を求めて、居心地が悪そうにくねくねと動くのであった。

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