VSエスカレーター男 開戦!!

 結局僕はほとんど料理に参加しないまま食事が出来上がった。そして僕の狙い通り隣り合わせで食事をすることになった。マミちゃんの家のローテーブルは小さく、膝と膝がぶつかる距離であった。僕は苦手なピーマンを食べる不快感を補って余りあるほどの充実感に包まれ、このまま愛を伝えてしまおうかと思ったが、セオリーを忘れる程取り乱してはいなかった。セオリーは三回目のデートで告白である。それに「恋にありていともうれしきは、『君を愛す』と言いしその時にあらず」とジッドも書いていた。ここで告白を急いでしまっては、恋愛の最も甘美な蜜を吸い残すことになってしまうだろう。


 この日は結局午前二時半までマミちゃんの家に居た。交わった膝の方に気を取られていて、『プリズンブレイク』の内容はあまり入って来なかったが、フダーニット形式の殺人ミステリーと脱獄スリラーが平行して繰り広げられる本作は、あと一話、もうあと一話とマミちゃんの家に居続ける口実を作れるくらいには見応えがあった。尚且つ頭を使う内容ではないので、どういう恋愛観を持っているだとか、休みの日は何をしているだとか作品に関係の無い話をする余裕もあり、相手との距離を縮めることもできる、正に家デートにうってつけの作品である。恋に悩める男子諸君、家デートでは数時間集中して鑑賞することを要する映画より一時間ごとに区切りがあるドラマ、それも『プリズンブレイク』がおすすめである。因みに僕の知り合いの色男のお勧めは『梨泰院クラス』である。見たことは無いが、恐らく彼の方が正しいであろう。


 別れ際に

「今日は楽しかったわ。また続き見よな。」


とマミちゃんが言った。


「うん。じゃあ四日後に俺んちで。」


しっかり次回の約束を取り付けて帰路についた。今日の出来は悪くない筈だ。会ったことも無いエスカレーター男との闘いがこの日から始まったのである。


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