駆け抜けて性春

 講話が終わると昼食の時間になった。どうやら配属店舗毎に分かれて昼食を取るらしい。初めて倉敷店配属の同期が一つのテーブルに会すのだ。皆ちらちらと周りを伺いながら席の移動を始め、誰が先、誰が後ということも無く倉敷店のメンバーは所定のテーブルに集結した。


 SNSにアップロードされた画像から寸分もクオリティーの落ちない容姿のマミちゃん・ハルカちゃん、お洒落ではないタイプの黒縁めがねをかけた男が僕の同僚となるようだ。二人の絵に描いたような美しさと、ライバルとなる男の容姿が自分と同程度であることに安堵しつつ席に着いた。この男の名は川田と言うらしい。


「さっきのボケ面白かったで!名前なんて言うん?」


とマミちゃんが話しかけて来た。僕は意想外の称賛に照れ、後頭部を掻いた。容姿端麗な女の子を遠くから見るのと、実際に目を見られながら話すのとでは全然緊張感が違う。普通ならこのレベルの容姿の女の子とは流暢に話せないのであるが、僕への興味を証明するように大きく見開かれた目と、人懐っこい笑顔が容姿の割にマミちゃんに親しみやすさを与えていた。私気になります。そんな声が彼女から聞こえてきそうであった。


「ありがとう。村上誠と申します。」


「マコト君か。私マミ。これからよろしくね。」


天真爛漫な笑顔で彼女は答えた。彼女の目の大きさと初対面の僕を下の名前で呼んでくれるフレンドリーさに面食らったが、平静を装った。こんなに可愛い女の子から下の名前で呼ばれるのは、僕の生涯で初の事である。僕はマミちゃんの台詞二つで彼女に心奪われていた。こんな可愛い子に想いを寄せてしまうとは、我ながら苦難に満ちた恋路を選んでしまったものである。僕は容姿が平均以下であることに加え、場数も圧倒的に不足している。どうしたら彼女と相思相愛になれるのだろうか。


「それでは、みなさんこれから共に働く仲間に自己紹介を一分程度でしてください。」


という司会の女性のハキハキした声で僕の作戦タイムは打ち切られた。自己紹介は僕が最初だったので、略歴と趣味は読書で好きな作家が太宰であること、好きなタイプは黒ギャルであることを告げた。マミちゃんの趣味は食べることで好きなタイプは塩顔で清潔感のある人、ハルカちゃんの趣味は旅行で好きなタイプは年上の落ち着いた人であった。マミちゃんが述べたタイプは僕とは天と地ほどかけ離れていたが、彼女の趣味が寝る事や人間観察で無かったことにほっと胸を撫で下ろした。彼女が趣味の意味をはき違えている人間だったら三分の恋も冷めるところであった。そして何より僕を喜ばせたのは、マミちゃんにもハルカちゃんにも恋人が居なかった事である。このレベルの容姿で彼氏も居ない女の子が二人も目の前に現れるとは、素晴らしき哉、人生である。彼女達と付き合うのはかなり難易度が高いが、僕の青春がようやく始まるかもしれない。期待を胸に僕は昼食を食べ終えた。


 午後もつまらぬ講義が延々と続き、一日が終わった。会社で過ごす一日とはこんなにも退屈なものなのか。大学時代は毎日新たな発見に満ちあふれていたが、今日一日で学んだ事は上司にしたい有名人ランキングと社会人としてのマインドだけである。大学時代に一講義目で切ったキャリアデザイン論やリーダーシップ論くらいくだらない。金を稼ぐとはこういうことなのか。会社への失望と同期への期待。社会人生活へのアンビバレントな気持ちを抱きながら床につくのであった。

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