うんち入社式

 卒業式から一週間、入社式の日はすぐにやって来た。これから数十年にもわたる長い労働が始まる。降りしきる大雨と、駅から徒歩十五分の会場で行われる入社式が労働に対する嫌悪感に拍車を掛け、僕はこれ以上にない程苛立っていた。


 労働とはプロクルステスの寝台に似ている。本来多様な形であるはずの人間を、営利という一律の寝台に寝かせ、その寝台からはみ出た手足は切り落としてしまう。そして寝台に残った胴の大きさで個人を評価するのだ。実世界でも、このたとえ話でも人間というものは胴は短く手足は長い方が恰好いい。僕の右腕に詰まったタントラの知識が、左腕に詰まったモンゴル語の知識が、右足に詰まった哲学の知識が、左足に詰まったサブカルの知識が、長すぎる四肢が慟哭していた。自慢の手足を切り落とされた代わりに残ったのは、目を背けたくなるような、やせ細った胴体である。ビジネスマナーも金に関することも何一つ知らず、字も死ぬほど汚ければ、人に好かれることすらできない。営利の寝心地の悪さと、この寝台の上で寝るという選択をしてしまった自分に僕は落胆していた。『荒野へ』のように、資本主義を見限って、アラスカに旅立つことだって出来たし、大学に残り学問を突き詰めることだって出来た筈なのである。全ては僕の冒険心の欠如と性欲が招いた事態である。安寧と女性を求めた結果俗世との交わりを捨てきれず、ものすごい湿気と陰鬱な気分を載せて走る満員電車に揺られているのだ。


 こんな最悪な日にも一つだけ楽しみがあった。それは同期の女の子との初顔合わせである。僕の初期配属は倉敷で、同期は男一人女二人である。僕は配属が発表された段階で内定者のSNSグループからこの女の子二人をいち早く探し出し、チェックしていた。一人はぱっちりとした目と触らずともその軟らかさを確信できる頬が印象的なマミちゃん。もう一人は気が強そうな切れ長の奥二重と、その目を乗せるには余りに小さすぎる顔を持つ、クールビューティーを体現したハルカちゃんであった。二人共僕が緊張せずに話せる容姿のレベルを優に超え、業務に支障をきたしそうなくらい可愛かった。二人をようやく生で見られる。このモチベーションだけが僕の歩を入社式の会場に向けて進ませていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る