ディレッタンティズムと万引きの精神

 例年よりも少し早く咲いた桜が満開で僕らの門出を祝ってくれた。僕は三沢と共に慣れないスーツに身を包み、キャンパスが一望できる岡の上で煙草をふかしていた。ふらふらと立ち上ってはすぐに消えてしまう煙は僕らの将来を暗示しているようであった。今日は大学の卒業式である。僕と三沢は二人で企てたモンゴル文字カンニング事件の発覚により、鶴田より一年遅れての卒業となる。鶴田は去年から教育出版社に、三沢は道徳的問題を抱えつつも宣言通り関東の高校へと就職することとなった。そして僕は労働に強い忌避感を抱きながらも、大手小売り会社に就職する。五年間文字通り苦楽を共にした三沢ともここで袂を分かつことになる。


「今まで、ありがとうね。」


珍しくしんみりとした口調で三沢が言った。


「こちらこそ、ありがとうね。」


僕もしんみりとした口調で返すと僕らはキャンパス内で別れた。男同士の別れなどこんなものでいいのである。散々酒を飲み交わして来たのだから、今更思い出話に花を咲かせて酒を飲むことも無い。涙ながらに肩を組みあう必要も、日体大コールを歌いながら団結を確かめる必要もないのだ。互いに互いを知り尽くした。もう語らう事など何もない。あとは時たま会った際に、新たに積んだ経験、読んだ書について話してくれればそれでよい。


 僕はキャンパスを後にする前に大学図書館に寄ることにした。図書検索サービスで目当ての本が二冊収蔵されていることを確認すると、人文書コーナヘ赴き、その本をリュックサックにしまい込んだ。僕は図書館の入り口から駆け出すと、盗難防止用ブザーの音を置き去りにし、箕面の坂を猛スピードで下って行った。これで二度と大学に戻ることも無いだろう。戦利品の『物語のディスクール』の重みを背中に感じながら、社会人への第一歩を踏み出すのであった。


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