教育ママ。メルアドはTodai_Ikuzo

 まずは僕自身について触れておかなければなるまい。こと恋愛においては、同じ台詞がドン・ジュアンのような容姿端麗な者の口から発せられるのと、シラノのような醜男の口から発せられるのでは、天と地ほど発話の持つ効果に隔たりがある。物語への理解を深めるためにも、退屈かもしれないが、しばし僕の自分語りに付き合って欲しい。


 大企業の部長を務める父親が専業主婦である母親の尻に敷かれる。そんな現代のプロトタイプのような家庭に僕は生まれた。両親は僕が幼い頃から教育資金を惜しみなく投資し、僕を私立の小学校に入学させ、色々な習い事もさせた。僕が通った小学校は、男女比が九対一という私立の中でも超特殊な小学校であった。今思えばこの時点で僕は恋愛市場から既にドロップアウトしていたのかも知れない。小学校の記憶はあまりない。両親に言われた通り勉強し、体の成長も早かったので文武両道を体現した子どもであったらしい。傍から見ればここが僕の人生の絶頂期であろう。僕は深く物を考えず、競争社会で生き抜く為に必要なものを疑い無しにかき集め優越感に浸る慢心した坊ちゃんであった訳だ。


 猛勉強の甲斐あり、僕は関西でも有数の男子校の進学校に進学した。だがこの進学が僕を狂わせた。「中学受験が終われば勉強も終わり、晴れてエリートの仲間入り」という両親の言葉を純粋にも信じていた僕は、入学初日から大学受験への勉強の始まりを告げる事前課題考査が行われることに絶望した。そしてよく考えれば分かる両親の嘘を見抜けなかった自分にも、優秀すぎる同級生にも、母親から買い与えられた携帯のメールアドレスが「Todai_Ikuzo@docomo.ne.jp」に設定されていたことにも絶望した。僕は入学から一か月で学校から課される勉強の一切をしない決意をし、読書と快楽の世界に耽っていった。両親は家庭教師を雇ったり、訳の分からぬ自己啓発本を読み聞かせたりして、僕をいち早くエリートのレールへと戻そうと奮闘したが、僕の決意は固くどれも徒労に終わった。その頃の僕は太宰とアダルトサイトの虜になっており、その他の事は考えもしなかったし、考える気も無かった。中学のうちに太宰全集を読みきり、あの手この手で両親の対策をすり抜けてあらゆるジャンルのアダルトビデオを鑑賞した。たまの息抜きは出会い系で知り合った女性とメールのやり取りをすることという生粋のキモチワルイ中学生であった。

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