嵐の後

PROJECT:DATE 公式

2年目の記録

千穂「来週テストっていうのに今日までこの授業する必要なくない?」


未玖「他の授業はほとんど自習だもんね。」


湊「だからかおまけと言わんばかりに今日は早く終われば返してもらえるじゃないー。」


彼方「それでどこまで終わったの。」


茉莉「7割くらい?あと最後のところを軽くまとめりゃいいから、10分ぐらいで終わると思うよ。」


雨ばかり続いたけれど、

ようやく晴れの日を拝める今日は木曜日。

毎週あるこの修学旅行のための時間は

今回も当たり前のごとくあったのだった。

みんなから帰りたいオーラが出ており

先生も知っていたと言わんばかりに

終わったところから帰っていいと口にした。

その途端、あたりは歓声でいっぱい。

いつもの倍以上にやる気を見せる

不良たちがわんさかといて、

見ていて面白くなってしまうほど。


とはいえ茉莉も多少はワクワクしており、

手が思考に追いつかないことに

もどかしさを感じながら

タブレットを使用して

発表資料を制作している。

茉莉たち5人の班は

決して仲良しグループとは言えないが、

つい先月ほどのぴりぴりと

肌の乾燥するような微かな痛みを

感じるような空気はなくなりつつあった。


彼方「3割10分とか全体で30分ちょいで終わるじゃん。イージー。」


茉莉「今回ほぼ何もしてないじゃん。」


彼方「うざ。死ね。」


茉莉「うるせーばーか。」


千穂「仲良いんだか悪いんだか。」


湊「どちらかと言えば…うーん、いいんじゃない?」


未玖「あはは…。」


何かの時、不意に言い返してしまったのを機に

渡邊さんは茉莉に対し

人前でも罵倒するような内容を

口にするようになった。

茉莉のことがさらに嫌いになり

裏表問わず嫌がらせをするように

なったようにも見えるが、

こいつなら言っても大丈夫、といった

ある種結華との掛け合いの

エスカレートバージョンのような

信頼から繰り出される会話に思えた。

が、煽りに対して

苛つきの感情が顔を出すことは

どうしても避けられない。

ある程度の嫌悪感は

まだ抱いているのだろう。

きっと互いに。


修学旅行のための授業をさっさと終えて

各々解散していく。

湊や渡邊さんは早々に出ていき、

次に千穂、そして未玖と茉莉。

いつもの順番だなと

まだ作業をしているらしい班を

眺めながら思っていると、

不意にとんとんと肩を叩かれた。

未玖が少しばかり眉を下げて

不安げな表情をしている。


未玖「ねね、あのさ。」


茉莉「うん?」


未玖「その…嫌がらせを受けてる…とかじゃないんだよね?」


茉莉「えーん、そうかもー。」


未玖「え、えぇっ…!?」


茉莉「くはは、冗談。茉莉も言い返してるしどっちもどっち。」


未玖「そっか…。それならいいんだけど。」


茉莉「そんな心配せずとも。」


未玖「おとなしいイメージがあったから、何か言われてもそのまま受けちゃいそうだなって思ってて。だからちょっとびっくりしてるんだよね。」


茉莉「え、そうなの?」


茉莉自身、fpsゲームをしていることもあるし

煽り合いの世界は割と目にしている。

家の中や結華に対しては

口汚い言葉だって時折出る。

だからこそ、自分が大人しいと

思われているなんて

全く想像もしていなかった。

確かに学校に行っては

特に口を開くこともなく

眠たそうに授業を受けては

帰っているだけのような気がする。

齟齬があってもおかしくない。


反対に、未玖が突然

「うるせえ黙れ」と言い出したら

びっくりしすぎて

笑ってしまう自信すらある。

そのようなことだろう、と

腑に落ちていった。


茉莉「素が出ちゃったかー。」


未玖「あはは。それはそれで嬉しいかも。」


未玖は何かを否定するわけでもなく

楽しげに笑っていた。


2人で教室を出て解散する。

校門を出ると、

青々とした空がぱっと広がって見えた。

全てがうまくいっているわけではないけれど、

なんだかんだで乗り越えつつ

山あり谷ありな人生を

送っているといえよう。

1歩踏み出してみる。

足が軽い気がした。


茉莉「よし、散歩しよ。」


最近は学校内で散歩をしなくなっていた。

たまには外を散歩して帰るのもいいだろう。

寄り道するにあたって

これまで行ったことのない道を通ることを掲げ

横断歩道を渡った。


トマトとアサガオを夏場に育ててる家を左、

神社の前を通って、

新築っぽい家をまた左。

それからも少しだけ紆余曲折した頃、

寂れているものの整備は施されている

公園が見えてきていた。

周りは住宅街だったが、

子供が遊んでるということもない。


滑り台とブランコくらいの

定番な遊具が少量あるのに加えて

ベンチがいくつかある程度。

軽い足取りで向かう先は見たこともない場所。


茉莉「こんなところに公園あったんだ。」


やはり通らない道は知らないもので、

公園があったりコンビニがあったりと

発見ばかりだった。

閑散とした空気が流れているはずが、

朗らかな日差しのおかげで

地域に守られている

子どもたちのお城のように見えた。


茉莉「…?」


ふと視線をずらすと、

ベンチに座ってぼうっと

空を眺めている人がいた。

私服なあたり、学生でもなければ子供でもなく、

大学生か社会人がお昼休憩に

ここに訪れているかのような雰囲気だった。

髪をひとつにまとめ、

コンビニで買ったのか

タンブラー型の飲料を手にしている。


ほんのわずかな気まずさを覚えながら、

しかしどうにも体の底から

興味が湧いてしまって、

そのままの足で公園に踏み入った。

からり。

鞄のチャックが鳴る。

すると、その音が理由か

ずい、とこちらを振り向く彼女の姿があった。

前髪が目にかからぬよう緩く流され、

猫のような鋭い視線が露わになっている。

まるで睨まれているように感じ、

申し訳なさと不安から

すぐに立ち去ろうとしたその時。


「待って!」


その場を制するかのような

強く芯のある声が届いた。

茉莉に向けられたものではないと信じながらも

足がぴたりと止まった。

反射的に振り返る。

すると、彼女はこちらを向いて

立ち上がっていた。

そのままほんの数秒が流れて

互いに固まったままだったけれど、

はっとしたように相手が動き出す。


そのまま茉莉を目掛けて歩いてくるもので、

逃げたほうがいいのかと

2、3歩後退りするも

彼女の歩幅は大きく

すぐに追いつかれてしまった。


茉莉「…!?」


「……。」


その人はこちらをじっと眺めて、

少し首を傾げては

ポケットからスマホを取り出して

なにやら調べ始めた。


何が何だかわからない茉莉は無言のまま

鳥と風の声に耳を傾ける。

不審者ではあるのだろう。

逃げ出す方法を考えないと。

今走るべきだろうか、と思案していると

不意に彼女は顔を上げた。


「やっぱり。おんなじ顔してる。」


茉莉「へ?」


「ひとつ…いや、無数に聞きたいんだけど。」


そう言ってまた1歩踏み出されるかと思いきや

今度はスマホの画面を見せられた。

そこには、今年度の初め頃の

茉莉たちのTwitterのアイコンが

並べられており、

その人は画面内の茉莉の顔を指さしていた。

国方茉莉、としっかり

アカウント名前まで入っている。


「国方さん、だよね。」


茉莉「あー…え、あ、はい。」


「よかった。」


突然のことにどもりながら返事をする。

何がよかったのかわからないが嬉しそうに、

はたまた見定めるように目を細めた。

その反面声は嬉々としていないもので

脳内でちぐはぐになっている。

頭の上に疑問符ばかり浮かべていると

その人は数歩下がって

スマホをポケットにしまった。

奥のベンチには慌てて置いたのだろう、

タンブラーがぽつんと佇んでいるのが見えた。


麗香「私、嶺麗香。去年巻き込まれてたうちの1人。」


茉莉「……え、え!」


口から適当な言葉が出る。

頭が回っていないのが自分でもわかった。

巻き込まれた。

その言葉が意味するのは

言わずもがなそういうことだろう。

声を絞り出そうにも

「ありがとうございます」も

「こんにちは」もおかしい気がして

口をぱくぱくさせていると、

「こっち」と猫のように手招き

ベンチの方へと向かった。

促されるがままベンチに向かうと

座ってと言うように

とんとんと隣を叩く。

人1人分空けてすとんと腰を下ろした。


麗香「急にごめんねぇ。」


茉莉「いえ。その…さっき言ってたこと…。」


麗香「あぁ、去年のこと?」


茉莉「そうです。Twitterでつい先月くらいに教えてもらったばかりで、ちょうど最近思い出して…。」


麗香「ほんとぉ。じゃあ引き寄せられたね。当時何か聞きたいことでもあったの?」


茉莉「あー…えっと、羽澄さんのことで少し。」


麗香「あぁ!あの時の。」


茉莉「え?」


きょとんとしていると、

側に置いていたタンブラーを手にして

膝下に手と共に置いた。


麗香「私の方にも連絡が来たんだよねえ。羽澄先輩と国方さんと会えば、先輩の記憶が戻るかもって。」


茉莉「…なるほど。結構知ってるんですか?」


麗香「んー…羽澄先輩と国方さんが昔同じ施設にいて、ついこの間会ったくらいは知ってるかなあ。」


茉莉「大体全部じゃないですか。」


麗香「ほんと?…そう言えば、羽澄先輩の記憶は戻った?」


茉莉「…ううん、多分戻ってないです。戻らないのかもしれない。」


麗香「そっかぁ…。」


茉莉「でも、会えただけで十分嬉しいし、これからもまた会おうって約束したんで寂しくはないです。」


麗香「強いねえ。」


茉莉「そんなことは…。」


麗香「んー、そのネクタイの色だと1年生?」


茉莉「え、はい。」


麗香「やっぱり今の子ってしっかりしてるよねえ。」


茉莉「そうでもないですよ。…えっと…嶺、さんでしたっけ。」


麗香「うん?」


茉莉「嶺さんは大学生なんですか?」


麗香「いいや、高3だよ。春休み長くて暇だったからここまで来てただけ。」


茉莉「そうだったんですね。家近いんですか?」


麗香「いいやー?ただ電車に乗る用事があったし、通り道だったからせっかくなら来ようかなーくらい。意外と穴場でさ。」


茉莉「居心地いいですね、ここ。」


麗香「でしょお。人通りも少なめ。コンビニも近め。猫も多め。いいよねえ。」


遠くではかあ、とカラスが鳴いた。

段々と日の落ちる時間が

遅くなりつつあるためか、

いつまでも青空であり続けるような気がした。


1度話が途切れたのを感じて

目のやり場に困り

目の前の遊具に目を向ける。

どうして2つ上の初対面の先輩と

2人きりで座って話しているのだろう。

ネットの知り合いと出会うというのは

こう言うものなのだろうか。

ぼうっと考え事をしていると

不意に彼女が口を開いた。


麗香「3月も中旬になってくるけど、どう?今年のはもう終わったっぽいの?」


茉莉「今年のって…あれですよね、なんか色々とある…Twitterのアイコン変わるとかの。」


麗香「そう。」


茉莉「多分終わった…んだと思います。アイコンも変えられるしフォローもできるようになりましたし。」


麗香「あー、じゃあ一旦は終わってそう。」


茉莉「去年もそんな感じだったんですか?」


麗香「そうだよ。卒業式の日だったから3月1日かなあ。」


茉莉「じゃあ全く一緒です。」


麗香「そうなんだあ。…あれは一体誰がやってるんだかねえ。」


茉莉「…。」


麗香「そうだ。」


茉莉「…?」


嶺さんはそういうと

タンブラーに口をつけて数口飲み、

またベンチにおいては

鞄の中から手帳とペンを取り出していた。

まるで記者のようで

大人だなと漠然と思う。


麗香「もしこの後時間があるなら、去年起こったことを全部教えてくれないかなあ。」


茉莉「…ぜ、全部?」


麗香「そう。できれば主観の出来事と客観的な意見…ネットでの反応とかも。」


茉莉「…あー、このあと用事あったかなー。」


麗香「こんな時間に通学路外通って遠回りお散歩してるなら暇だよねえ。」


茉莉「ぐ…。」


麗香「お願い。私、不可解な出来事の資料を集めてるんだ。」


茉莉「資料を…?」


麗香「そう。首謀者を引き当てたいのと、これを起こしている理由が知りたいのと…あとはねえ。」


茉莉「…?」


麗香「もしこれが長いこと毎年起こるようであれば、いつか誰かの助けになればいいなあって思うんだよねえ。」


茉莉「…なるほど。」


麗香「さてさて。1番最初はどう始まったの?」


茉莉「最初は…実は」


それから2023年の4月から

2024年3月までに起こった出来事を

覚えている限り、

体験した限りありのままに話した。

しかし、茉莉以外が絡んだことは

情報共有をしていなかったため

わからないことを話すと、

目をまんまるにして驚かれた。

わからない部分は後に

Twitter等々で連絡を取り合って

伝えることになり、

今話せることを伝え終える頃には

日はほぼ沈みかかっていた。


茉莉「…このくらいですかね。」


麗香「教えてくれてありがとう。おかげで資料として書き残せた。」


ぱたん。

手帳が閉じられる頃には

喉は乾燥して水を欲していた。

鞄からペットボトルを取り出し

胃へと直接流し込む。

刹那、見上げた空は

群青と茜の混じりゆくもので、

相反する色が混ざっているはずなのに

酷く綺麗だった。


麗香「こんな時間だし帰らなきゃでしょ。」


茉莉「そうですね、そろそろ帰ります。」


麗香「駅まで送るよ。」


茉莉「いいんですか。」


麗香「私もそっちの方向だしねえ。」


「今のそれっぽかったでしょお」と

にししと微笑む彼女は

表情の読み取りづらいという

第一印象から一転、

戯れる猫のようだった。

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