2.しまこたちは鵜飼いの鵜

 ずっと、しまこたちは鵜飼いの鵜ね、と思っておりました。

 鵜飼いの方は給料もよくて待遇もいい。

 でも、鵜のしまこたちは搾り取られるだけ搾り取られます。


 搾り取られるだけ搾り取られる、というのはお給料がびっくりするくらい安いことを指します。基本給は十万円しかなく、そこに各種手当がついてそれなりの金額にはなりますが、残業代が出ないのです。それなりの金額も決してよくありません。もろもろ差し引かれると、しまこの自営業がマックスであったときと同じくらいなんです。でもかかる時間は三倍以上。実に複雑な気持ちになりました。


 なんでも「固定給だから残業代は出ません。当たり前です」とのことですが、しまこは全く当たり前ではないと思っておりました。「そんな話聞いていない!」というのが本音です。しかも、最初に渡されたパンフレットに記載された「平均のボーナス」にも誤りがあります。いや、誤りではないのですが、長年やっていてトップクラスの人のも入ったボーナスの金額の平均なんて、まるであてにはならないじゃないですか。入社三年以内の人の平均ボーナスか或いは中央値を載せるべきです。そのことに気づいたとき、ああ、これは詐欺の手口と同じだ、としまこは思っておりました。


 鵜飼いの鵜として搾取されておりましたが、同時に鼻先に餌も置かれておりました。「契約が取れたらボーナスが上がる!」「成績が良ければ、ご褒美がある!」を刷り込まれるのです。毎朝の朝礼で。金金金の世界です。


 ご褒美は牛肉とか? でも要らないなあって思っていました。量が少ないし。ほんとうにおいしいかどうか、分からないし。

 拠点長が「頑張ってるみんなにご褒美よ! ハーゲンダッツ! すごいでしょう? 食べて食べて」とハーゲンダッツをくれたこともありました。もちろんいただきました。

 でもしまこのうちはそのころ、アイスと言えばハーゲンダッツを食べていました。

 ハーゲンダッツはありがたいものなんだなあって思いながら食べていました。


 大変ブラックな職場でした。

 しかしなぜか「福利厚生はいいのよ!」と、拠点長は自慢げに言っていました。それは、雇用保険、健康保険、厚生年金があることを指していました。いや、それはむしろ当たり前ですよね? と心の中で思っていました。福利厚生がいいと言うのなら、定時の五時で帰ろうとしたとき「今日は早いんですか?」なんて言われません。

 しまこが辞めた一番の理由は「九時―五時で働こうと思っていたのに、五時で帰れないから」です。


 さて。

 なぜみんな残業しているのかというと、ノルマが達成できないからです。ノルマには二種類あって、売り上げのノルマと職務上のノルマです。売り上げはひと月に一千万円です。無理です。職務上のノルマは、仕事上のことに様々なポイントが付くのですが、そのノルマです。たぶんこれはさぼり防止なのでしょうが、しまこの見るところ、一番出来る人に合わせたノルマでした。分かりやすい例を挙げれば、一日に五人のお客さまと会わねば達成できません。「オンライン面談も出来るから、可能です」と言われましたが、お客さま側の事情でオンラインが難しい場合も多かったし、例えオンラインでも、一日に五人のお客さまと面談するのは困難です。九時から十時までは朝礼があり、十時半からしか始められません。一人につき、前後の準備も含めて一時間とすると、五人ならば五時間はかかります。面談後は営業報告書を出さねばなりません。ときどき、送付物があるのでそういう事務処理も必要になります。すると、一日に五人、というのは実にうまくいって、という感じです。


 ノルマを達成出来ないとどうなるのか?

 給料が下がるのです。

 びっくりです。

 こんなに安いのに、給料が下がる⁉

 残業代も出ないし、時給に換算するとみなさん時給八百円くらいで働いていたのではないでしょうか。あ、売り上げがいい人は別です。すんごいボーナスがもらえるのです。

 でも、一般的な人たちはノルマ達成すら難しく、最低限のお給料で働いていました。会社の業績が伸びている! とよく朝礼でやっていましたが、こういう底辺の人間にかけるお金をぎりぎりまで削って、会社の業績を伸ばしているんだなあ、としみじみ思っておりました。


 ともかく、鵜飼いの鵜であったのです。

 鵜飼いの鵜は、鵜飼いの鵜であることをありがたがって、鵜飼いのために熱心に働かねばならないのです。

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