黒しまこのつぶやき――某保険会社勤務編

西しまこ

1.オンライン同行

 しまこは外で働いてみようと思い立ちました。

 そのような折、「九時-五時で駅近の仕事があるよ。正社員の仕事だよ」と友だちに言われ、ふとやってみようと思い、働くことにしたのです。

 某保険会社での営業の仕事です。

 結論から言うと、資格をとったりするなど勉強が出来たのはよかったのですが、全く向いておりませんでした。


 某保険会社ではおもしろいことがたくさんありました。

 一番おもしろかったのは「オンライン同行」です。要するに、教育担当の上司と客先で、ビデオ通話で繋がるのです。お客さまは某保険会社に契約がある人です。契約の確認をしがてら、新しい商品を売る、これがわたしの仕事でした。


 ちなみに、年配の方だと、ビデオ通話そのものに慣れていません。最初はビデオ通話したままチャイムを鳴らしていたのですが(そうしろと言われたから)、不審がられるので、説明をしてから繫ぐことにしました。


「あの、お客さま。わたくし、まだ新人ですので、上司とビデオ通話を繫いでもよろしいでしょうか?」

「ビデオ通話?」

「テレビ電話のようなものです」

「いいですよ」

 繋ぎます。

 上司が出て、「〇〇さま、私、西の上司のMと申します。よろしくお願いします。顔が出ているとあれですので、画像は閉じさせていただきますね」

 その後、いつも通り契約の確認をして、商品の案内をします。


「Mさん、終わりました」

「はい、お疲れさまでした。〇〇さま、ありがとうございました」

 毎回このような感じです。本当です。間で上司が発言をすることはほとんどありません。


 おもしろいのはお客さまの反応です。

「……あなたも大変ねえ」

「いえいえ、そんなことないですよ」

「見張られているのね、かわいそうに。……わたしも娘がいるのだけど、こんなにつらい思いをしているのかしら」

「いえいえ、新人ですから」

「……ゼリー、食べますか?」

「いただきます!」

 しまこはたいていお客さまのおうちで、ビデオ通話を切ったあと、お菓子をいただきつつ、お客さまと楽しく雑談をしてから帰りました。

「大変だろうけど、頑張ってね!」

 いつも励まされました。


 しまこは半年働いて商品は一つも売ることが出来ませんでしたが、お客さまにはいつも励まされていましたし、けっこう感謝されていました。何しろ、中には振込先口座が間違っている場合があったりしたのです。放置しておくと、いざというときお金がすぐに手に入りません。


 それにしても、「オンライン同行」なんてどうしてやっていたのでしょう?

 しまこの場合、百パーセント不評でした。お客さまは不審がって、「あなたも大変ね。頑張って!」という反応でした。百パーセントです。


 辞めてから思ったのは、上司のMさんに問題があったのではないかということです。

 しまこはMさん以外のオンライン同行のやり方は知りませんが、もしかして他の方はもっと会話に参加していたのかもしれません。

 Mさんは会社で、何かをやりながら聞いているだけ。

 参加しているわけではないのです。

 顔を消してしまうから、不信感は募るのです。でも恐らく、顔を消しておかないと「仕事をしながら」が出来ないから顔を消すのでしょう。きちんと会話に参加をし、合いの手を入れたり、補足説明をすればよかったのです。でもそうしないで、顔を消して、ただ聞いているだけ。お客さまだって「見張られている」と気持ち悪く思ったのでしょう。


 まあどうでもいいのですが。

 ともかく、「オンライン同行」は謎のシステムでした。

 いや、謎のシステムというか、ちゃんと使い方を指導するといいのになあ、と思いました。あれでは単なる不審なシステムです。

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