第四三翔
「よく……がんばったな」
ランスは鞭を振るう手を止め、アロンダイトの首筋を撫で労いの言葉をかけた。
『迷宮』を抜けた今、ランスはその目を見開いている。
高くそびえたつ灰色の花崗岩の岩壁に挟まれた細く長く続く回廊の、はるか前方に小さくモルドレッドの姿が映る。
「もう……いいぜ、アロンダイト……」
差はざっと七竜身といったところか。
ダービーも残り一ドラン。
そしてモルドレッドは一ドラン一〇秒を切る怪物だ。
常識的に考えて、どうしたところで逆転は不可能である。
変に意地を張って竜に負担をかけるのは二流のすることで、諦めて竜への負担を減らすことを考えるのが、一流たる竜騎士の務めである。
戦いは、ダービーの後も続くのだから。
ランスは今までの苦労を全て吐き出すように、長く長く息をつき――
「よく、よく……この程度の差に抑えてくれたっ!」
いつもの不敵な笑みを浮かべて咆える。
視界はすでに色を取り戻していた。
頭の中を白く覆っていたモヤも綺麗に晴れた。
体調はまだすこぶる悪いと言わざるを得ないが、気分は最高だった。
「三八年の間に、俺と言う人間を忘れちまったよだなぁ、ライ。俺があっさり切り札を見せると、本気で思っていたのかよ?」
鞭を肩口まで持ち上げ、真横に構える。
聖戦時、ランスが最も得意とした「円錐槍による突撃」の構えだった。
ランスロットと言えばアロンダイト、それが世に氾濫する英雄譚のスタンダードらしい。
事実、シャーロットもその先入観に縛られていた。
思わず苦笑したくなる。
ランスはほぼ全ての敵を、この円錐槍の突撃か竜による攻撃で仕留めていた。
騎乗で戦うには、剣はあまりにリーチが短すぎてそもそも敵に届かない。
実際のところ、剣(アロンダイト)を使ったのは魔王戦ぐらいのものだった。
ランスが今構えている鞭は、竜騎士たちが用いる一般的な鞭の、実に三倍以上の長さを誇る特注品だ。
給金をつぎ込み、この日の為にひそかに職人に拵えさせたものだ。
「はあああああああああああっ!」
咆哮とともにランスの左腕から禍々しい黒炎が噴き出し、腕にからみつくように渦巻きながら手綱へと伸び、そしてアロンダイトの背へと呑み込まれていく。
自分がこの時代に来たのが春でなくて冬で良かったと、心底思う。
自分の中にある『新たな力』には気づいていた。
だが、コントロールし、かつ、愛竜にまでシンクロさせるには、さすがに一朝一夕でいくものではない。
どうしてもそれなりの期間が必要不可欠だった。
まさに僥倖の二カ月だった。
「さあ、呪われし血よ。俺の力に呼応して、今こそ目覚めろ! 魔王(サタン)……」
渾身の力を振り絞り、ランスは神速の突きを繰り出した。
その切っ先を視界の端に捉えたアロンダイトが、高らかに歓喜の咆哮をあげる。
「……血翔(バースト)ぉぉぉぉっ!!!」
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