第四二翔

『来た来た来たぁぁぁっ! ここにきて六番魔王モルドレッド、ライオネルステークスで見せた炎の大激翔再びぃぃぃっ! あっという間にアロンダイトを置き去りだぁぁぁっ!』

「ああっ!?」


 リュネットが口元を押さえて、悲鳴をあげた。

 スクリーンではモルドレッドがその全身を真紅に染め上げたかと思うと、まさに文字通り爆発的な加速力によってアロンダイトを突き離していく。


 アロンダイトも体躯をより一層赤く燃え上がらせ魔王を追う。

 息も絶え絶えだったそれまでとは打って変わって、その飛翔は力強さを取り戻している。

 これまでアロンダイトを何度も勝利に導いてきた切り札、闘志爆翔だった。


 ランスの鞭が乱れ飛ぶ。

 こんな事はかつてなかったことだ。

 これまでランスは闘志爆翔の際にも鞭入れは一度に限ってきた。

 まさに全身全霊の力を振り絞った激翔だった。


 だが、ついていけない。

 置いていかれる。

 取り残される。


 モルドレッドの飛翔は、魔王の二つ名に相応しく、ただただ圧倒的だった。

 同じ闘志爆翔ならば、戦闘能力に特化したサラマンダーより、飛行能力に特化したワイバーンの方がその速さにおいては上なのは、当然と言えば当然だった。

 無情なほどに、冷徹なほどに、それが現実だった。


 アロンダイトの鞍上では、ランスが顎をだらしなく落とし、肩を上下させている。

 かなり呼吸が苦しそうな事は、スクリーン越しにも伝わってくる。

 やはり推測通り、減速なしの飛翔はランスにとってもかなり無茶なものだったのだ。


 その顔は血の気が引いて明らかに生気がなく、もはや余力が残っているようにはとても見えなかった。

 しかし、仮に残っていたとしても、もはや状況はどうしようもない。


 カーブの多い『迷宮』ならば、鞍上の竜騎士の実力差が如実に現れる。

 超ハイペースで飛ばしていたライオネルが駆るモルドレッド相手に、スローペースで飛ばしたサラマンダーでほぼ同時に最後の直線に入るなど、まさに伝説通り、いや伝説以上に、他を隔絶した腕前と言っていいだろう。

 だが直線では、ただただ竜の地力の差が物を言う。

 どれだけ鞍上の竜騎士の腕が卓越していようと、その最高速度が上がることはない。


 直線に入る前に竜の機嫌を損ねるなどしていれば話は別だが、名手ライオネルに限ってそんなミスをしているわけがない。

 モルドレッドは持ち得る最高の力を、如何なく発揮していた。

 残り一ドラン、差は実に七竜身にも広がっていた。


 もはや勝機は完全に失われた。

 たった一ドランの内にこれほどの差をつけられたと言うのに、残り一ドランでいったいどうやったら逆転出来ると言うのか。

 そんなのは、まさに「奇跡」以外の何物でもない。


「あっ……」


 そこまで考えて、リュネットは主のことが心配になり、隣を振り向く。

 シャーロットは固く目をつぶり、胸の前でそっと祈るように指を組み合わせていた。

 その表情は硬く傍目にも追い詰められていたが、一方で、諦めの色は一切なかった。


 彼女は調教師だ。

 リュネット以上に今の状況の厳しさを理解しているに違いない。

 どうしようもないほどに絶望的だと、認識していないはずがない。


 それでも信じているのだ、彼女は。

 いかなる逆境をも撥ね退けて『不可能も覆す竜騎士』が奇跡を起こす事を。

 ただただ無垢に、純粋に、わずかの疑いもなく、信じていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る