第四〇翔
(あー、たまんねえなぁ)
遠のきかける意識を繋ぎ止めつつ、ランスは心の中でぼやく。
頸部の筋肉が悲鳴をあげていた。
カーブの際には、体感的には大人五人分ぐらいの重量を首だけで支えなければならないのだ。
数回だけならまだしも、この短時間に二〇以上もこなせば、いかなランスと言えどきついものがあった。
問題はもう一つあった。
血液の逆流だ。
カーブの度に、一時的にではあるが、身体中の血が片側に大幅に偏るのだ。
これがランスの身体に深刻な異常を発生させていた。
通常の旋回程度なら、カーブの間、筋肉を収縮させておけば防げるのだが、全速状態ではさすがに抑え込むにも限度がある。
過去の経験から推測するに、今、目蓋を開ければ、視界は色を失っているはずだ。
視野も極端に狭くなっているに違いない。
使う度に数秒間、視界が真っ暗に染まる爆旋翔から比べればはるかにマシだが、頼りにならないという点では大差ない
。
まあ、視界に関しては、『反響世界(エコーワールド)』があるのでどうとでもなるのだが――それがそもそもおかしいのだが、本人にその自覚はない――どうにもヤバいのが、一つ前のカーブをどのようにして曲がったか、ほとんどまったく思い出せない事だ。
頭の中に白いモヤがかかったかのように、意識が朦朧として判然としない。
だと言うのに、回復する間もなく、次のカーブが襲ってくる。
こんな状態で、まだ二ドランも『迷宮』は続くのだ。
正直、考えるだけで余計に気が遠くなりそうである。
鞍上の異常を察したのか、手綱からは「どうした?」と訝るような気配が伝わってくる。
(なんでもねえよ)
ぼんやりする頭で思う。
自分だけが苦しいわけじゃない。
アロンダイトには、こんな無茶な飛翔に付き合ってもらっている。
他人に命を預けているのだ。
彼も相当の恐怖と戦っているに違いない。
この頼りになる相棒は、身体の不調を気合いだけで吹き飛ばしたのだ。
焚きつけた自分がへたばっていたのでは、格好がつかない。
それに彼の曽祖父の墓前で誓ったのだ。
あの健気で可愛らしい少女にも誓ったのだ。
アロンダイトをダービー竜にする、と。
「もう二度と……約束を破ってたまるかよっ!」
自分に言い聞かせるように、奮い立たせるように、ランスは咆える。
薄れゆく意識の中で、ただその意地だけが彼を支えていた。
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