第三六翔
『さあ、第三二回ランスロット・ダービー、今、発翔しましたぁっ! 勢いよくハナを切ったのは一番人気六番モルドレッド!!』
「ああっ!?」
スクリーンにかぶりついていたシャーロットが短い悲鳴をあげた。
大衆用のスクリーンでは、竜たちが一斉に崖からその身を落とし、落下の勢いを利用して加速していく。このスタートの違いも、峡谷レースの特徴だ。
シダー氏の実況通り、先頭はモルドレッドだ。ライオネルステークスと同様、逃げの戦術で行くようである。あっという間に竜群を突き離していく。
『おおっと、二番人気七番アロンダイト、出遅れました! 最後尾スタートです!』
「くうっ! ま、まあ、これは想定の範囲内だ」
口元をひくつかせながら、シャーロット。
強がりではあったが、その言葉は本当だ。城壁レースと違い、峡谷レースでは助走が出来ない。
よってスタートの加速力は、純粋な飛翔能力がものを言う。
どうしてもサラマンダー種であるアロンダイトが遅れるのは致し方ないところがある。
勢いに乗ってさえしまえば、他竜など一気に追い抜きモルドレッドに並翔するものとシャーロットは高をくくっていたが――
「な、なんでっ!?」
ずるずるとアロンダイトが後退していく。
いや、実際には勿論前に進んでいるのだが、他竜より明らかにスピードが乗っていない。
竜群を追い抜いていくどころかみるみる突き離されていく。
最後尾集団と比してさえ、すでに三竜身ほど差が開いていた。
胸が焦燥に掻き毟られる。
アロンダイトがまごついている間にも、モルドレッドはさらに加速を続け、他竜たちを置いてきぼりにしているのだ。
「や、やはり、調子は戻らなかったのでしょうか?」
顔を青ざめさせて、リュネットが問う。
伝説の竜騎士のやることだからもしやと期待していたのだが、やはり世の中、そうそう都合よくいくわけがないと言うことか。
「あら、いい事聞いちゃった。そっかぁ。調子崩してたんだぁ」
グィネヴィアがにま~っと笑みを浮かべる。
孫娘相手になんとも大人げなかったが、ダービーなのだ。
帝国最高の名誉がかかっているのだ。
最高の状態の敵と戦いたいなどという綺麗事は言っていられない。
最大のライバルと目していた竜が不調と聞けば、しめしめとほくそ笑みたくもなるものだった。
「浮かれるのはまだ早いですぞ、皇妃。ちょっと調子が悪いぐらいであなどっていい男ではございませぬ」
クローダス公が白くなった顎鬚をいじりながら言う。
所詮、グィネヴィアは英雄ランスロットの活躍を伝聞でしか知らない。
一方彼は、同じ一六翼将として何度も間近で奇跡を見せつけられてきたのだ。
あの男がこんな序盤で早々と終わるわけがないという絶対の確信がある。
必ずや何かをしかけてくるはずだ。
「まあ、お互い様じゃな。貴様相手にワシが何も仕掛けないとはよもや思っていないだろう、のうランスロット?」
お手並み拝見とばかりに、老将はくつくつと笑った。
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