第三三翔
「ランス様! お願いがございます!」
出陣を間近に控え、ランスが竜車の隣で屈伸運動をして身体をほぐしていると、シャーロットがやってくるなりその表情に悲壮な決意を固めて言った。
いったい何事だ、とランスが目を丸くする中、さらに彼を驚かせる発言が彼女の口から飛び出す。
「わたしもアロンダイトのように、殴って下さい!」
「おいおい」
苦笑するしかないランスである。
常識というものから縁遠いランスとは言え、さすがに女性を殴るべきではないということぐらいはわきまえていた。
「お願いします。今回の責はアロンダイトではなくわたしにあります。アロンダイトだけ殴られてわたしが何の咎も受けないというのでは、筋が通りませぬ」
シャーロットの決意には並々ならぬものがあった。
下の者だけに責任を押し付けようとしない、それは人の上に立つ者として素晴らしい資質であることには間違いないし、理もあるのだが、それだけにランスとしては困りものである。
こういう時の彼女は本当に頑固なのだ。
ランスは美を愛でる心は普通に持ち合わせているので、それを自ら壊すような無粋なことをする気にはとてもなれない。
そもそもアロンダイトのように殴ったら、即死である。
とは言え、簡単には言いくるめられてはくれまい。
さてどうしたものか、と考えて、すぐに妙案を思いつき、ランスはニヤリとほくそ笑む。
ランスはそれほど縁起を担ぐほうではないが、運気には流れというものがあることを肌身で感じて知っている。
悪い流れが続いている事には、少々憂慮を感じていたのだ。
ランスの思いついた案は、その流れを断ち切る上に、シャーロットを煙に巻くこともできるという、まさに一石二鳥の名案だった。
「よぉし、おまえの覚悟はわかった。目を閉じて歯を食いしばりな」
「はいっ!」
言われた通り、シャーロットが固く目をつぶる。
その身体は来るべき衝撃に備えてこれまた固く強張っていた。
ランスは笑みが零れそうになるのを我慢しつつ、彼女に歩み寄る。
その足音を聞きつけて、シャーロットの身体がびくっと痙攣する。
まったく可愛らしくてたまらない。
「じゃあ、いくぜ」
「はいっ! ご存分にっ!」
そう叫んだシャーロットの唇を、ランスは自らの唇で塞いだ。
作法通り目をつぶっていても、彼女の混乱は手にとるようにわかった。
それでも、ランスはかまわず少女の強張る身体を抱きよせ唇をむさぼる。
やがて、少女の身体から力が抜けた。
そっとランスの厚い胸板にもたれかかってくる。
どれぐらいそうしていたか、シャーロットの感触を思う存分堪能し、ランスはゆっくりと唇を離す。
「はふううううううう……」
途端、シャーロットの口から陶酔したような吐息が漏れる。
のぼせてしまったのだろう、ランスの腕の中で、少女はすっかり目を回してしまっていた。
こんな初心なところも可愛いと思う。
その顔を覗きこみ、ランスは思わず口の端を釣り上げた。
そこには、夢うつつな勝利の女神が、にへらっと幸せそうに微笑んでいた。
祝福のキスもいただいた。
ならばもう、恐れる事は何もない。
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