第二四翔

「さて、どうしたもんかねぇ」


 ランスはアロンダイトの鞍上で、舌打ちとともに小さく溜息をつく。

 ブルーリーフ賞――ダービーに出翔できるかどうかを賭けた重要な一戦だと言うのに、手綱から手応えがみるみると消えていく。

 アロンダイトの首が上がり、彼がいっぱいいっぱいなのは目にも明らかだった。


 ちらりと後ろを振り向く。

 漆黒の翼をはためかせて、ワイバーンの群れが彼らを追い翔けてきていた。

 距離はざっと五〇メトー、五竜身半といったところか。


 天頂部に「4」と刻まれた石柱の横を通過する。

 残り四ドラン地点で一〇竜身近く離していた過去二戦と比べると、後続との差はかなり小さいと言わざるを得ない。

 アロンダイトは息が上がっているし、このままでは闘志爆翔が使えるラスト二ドランに到達する前に追いつかれそうである。


「ほんと、どうすっかねぇ」


 一月前のグィネヴィアの言葉を思い出し、ランスは思わず自嘲する。

 確かに自分はドラゴンレーシングに関してはまったくのド新人だ、と。


 当たり前だが、戦闘とドラゴンレーシングではかなり勝手が違う。

 戦闘でなにより大事なのは緩急をつけることだ。


 常に最高速で飛ぶなど二流どころか三流のやることである。

 そんな事をすればあっという間に竜が潰れてしまうし、何より敵に動きを読まれやすく、タイミングも取られやすい。

 良いカモにされるだけである。


 トップスピードに乗せるのは、いざというほんの一瞬だけでいいのだ。

 緩を見せつけていればいるほど、急の効果は絶大なものとなる。

 その絶妙なタイミングを見極めるのが竜騎士に求められる最も重要な資質だった。


 それがドラゴンレーシングはどうだ。

 レース後半までは一定の速度を保つことが望ましく――勿論展開によって上げ下げする必要もあるにはあるが――終盤は実に三〇秒以上も最高速を維持し続けなければならない。

 昔とは全く正反対もいいところであった。


 今、竜騎士に求められるのは端的に言えば、好位置につけながら竜のスタミナの消耗を抑える、という能力だ。

 それには他の竜騎士との駆け引きや、竜群の中での竜の御し方、レースの流れの読み方などなど様々なものが関わってくる。

 これはこれで新鮮で面白いのだが、いかんせん、さすがに不慣れなことは否めなかった。


 有体に言えば、まだコツがさっぱり掴めない。

 単純に、経験が圧倒的に足りなすぎるのだ。

 とは言え、アロンダイト以外の竜に浮気する気もさらさらない。


「まあ、騙し騙しいくしかねえよなぁ」


 ぼやきつつ、爆旋翔でコーナーを曲がる。

 見ている観衆はど派手な妙技に大喜びだろうが、これで稼げるのはせいぜい二竜身といったところだろう。


 コーナーを抜ければ残り三ドランの直線に入る。

 羽音から推測して後続との差はざっと三竜身といったところか。

 随分と詰められている。アロンダイトにも余力はほとんど残っていない。


「ったく、たまんねえなぁ」


 残り一ドランが、果てしなく長く感じた。

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