第二二翔

「な、なんで……ワイバーン種が闘志爆翔をっ……!?」


 シャーロットは混乱と絶望の極みにあった。

 ドラゴンレーシングにおいて、サラマンダー種がワイバーン種に勝る唯一の武器が、闘志爆翔だった。

 その虎の子の切り札をワイバーン種に使われては、太刀打ちのしようがない。


 チラリとランスを目でうかがうと、シャーロットのように動揺こそしていないものの、彼も目を見張り驚きを露わにしていた。

 彼にもなぜだかわからないらしい。


「ふふっ、モルドレッドの血統表あるけど、見る?」


 グィネヴィアが満面の笑みで、ひらひらと一枚の紙片を見せびらかす。


「失礼します!」


 皇妃に対していささか無礼とも言えるほど乱暴に奪い取り、シャーロットはその紙を目を皿のようにして隅々まで目を通す。

 父竜は、当然ながらワイバーン種だ。

 そして母竜はべフィーモス種。

 どちらもサラマンダー種ではない。


 だが、シャーロットの注目は、父方と母方の祖先の両方に刻まれたある一つの名前に注がれる。


「……ガラハッドの三×四インブリード! 奇跡の……血量!」

「御名答~♪ そのおかげでモルドレッドはワイバーン種でありながら、最高のサラマンダー、ガラハッドの性質も色濃く受け継いでいるわ。当然……闘志爆翔も使える」

「仮に使えるとしても、ランス様以外にそんなこと……」


 言いかけて、シャーロットはハッとモルドレッドの主戦竜騎士の名前を思い出す。 

 現役最高齢にして、最巧の竜騎士の名を。

 グイネヴィアがコクンと鷹揚に頷く。


「そうね。確かに、サラマンダーを自由自在に制御するなんて、このバカっ! ぐらいしかできそうにないけれど、彼ならワイバーンの闘争本能のコントロールぐらいできてもおかしくないでしょう?」

「あ、あああ……」


 そう、おかしくない。

 まったくおかしくない。

 彼ならそれぐらい容易くこなしてしまうだろう。

 なぜなら、なぜなら彼は――


『モルドレッドの鞍上ライオネル様は、これでG1制覇一〇〇勝の大記録の達成です。記念すべき一〇〇勝目を自身の名を冠する賞で締めるとはさすがに憎い!』


 実に四〇年もの長き研鑽を積んだ、アーサー王の一六翼将、唯一公式の現役なのだから。


 スクリーンに年老いながらも剽悍な面構えをした竜騎士が映し出される。

 刻み込まれたしわの一つ一つが、彼の経てきた経験を思わせた。

 鼻筋を横一文字に疾る傷痕は聖戦の勇者の名残か。


 ダービー公ライオネル・オークニー。

 つまり、ランスの血の繋がった実の弟である。

 一六翼将最年少ながら、その竜騎乗の腕前は兄に次ぐと言われた男だった。

 現在五四歳。

 去年はたった一人で実にG1タイトルを九つも獲得し、今年も早々と一冠、今まさに彼は円熟の時を迎えていた。


『翔破タイムが出ました。おおっと、凄い。これはとんでもないタイムだーっ! 一分五六秒三! なんと先のレースでアロンダイトが記録した帝国レコードを、さらに一秒も縮めましたーっ! しかもしかもしかもぉぉぉっ! ラスト一ドランのタイムはぁっ、九秒九!! ついについにぃっ! 一〇秒の壁を突破した競翔竜が現れましたぁぁぁっ!!』

「きゅ、九・九!?」


 シャーロットの身体を戦慄が疾る。

 先の昇級戦で自己ベストを更新したアロンダイトのタイムが、一ドラン一〇秒六だ。

 たかが一秒にも満たぬ差だが、ドラゴンレーシングにおいては〇・一秒が一竜身の差となって現れる。


 つまり、これまでのようにアロンダイトが闘志爆翔で逃げを打っても、一ドランの間に七竜身も詰めてくることになる。

 闘志爆翔の限界距離が同じと仮定すれば、二ドラン。

 その時までに実に一四竜身以上も突き離していなければならない計算になる。

 アロンダイトと同じように終盤までガンガン超ハイペースで飛ばしてくるような相手に、だ。


「切り札は先に見せるな。確かそれがあなたの持論だったわよね? まさしく、ってところかしら。ふふふ、感謝するわよ、ランスロット。あなたのおかげで、わたしのモルドレッドはさらに一段上の強さを手に入れた。もう誰にも負けないわ。そう、たとえ相手があなたでも、ね。わたしを振ってくれた復讐、いまこそ晴らしてあげる!」


 皇妃グィネヴィアがランスばりの不敵な笑みを浮かべて、彼を睨みつける。

 その自信の源は、今まさに見せつけられている。

 彼女の愛竜はドラゴンレーシング三二年の歴史の中で、否、一八〇年の竜産の歴史の中で、間違いなくダントツで最速だった。


「……さっきのでチャラじゃなかったのか?」

「あら、女って、執念深い生き物よ?」


 ランスの皮肉に、グィネヴィアが茶目っ気たっぷりにウインクして返す。

 これにはランスも口の端を釣り上げ、その言葉の意味を痛感せざるを得ない。


『魔王が今、ウイナーズサークルに降り立ちます。おおっと、鞍上のライオネル様が高々と人差し指を天に掲げたぁっ! こ、これは昨年の再現かぁっ!?』


 実況の絶叫に応えるように、コロッセウムの観衆も「うおおっ!」と興奮の歓声を上げる。オーナールームのガラスがびりびりと震えるほどの音圧だ。


「何のパフォーマンスだ、ありゃ?」


 さすがにどよめきが気になり、スクリーンに視線を落としつつランスが訊く。

 その問いに答えたのはリュネットだった。いつにも増して表情を固くしている。


「ドラゴンレーシングで、三冠を制した竜は後にも先にも陛下所有の名竜モリアーティただ一頭です。鞍上は、ライオネル様でした。そして、昨年、同竜でライオネルステークスを制した時にもあの方はああして、指を一本、掲げて見せました。『まず一冠目』……と」

「なるほど。次のダービーも獲るって宣言したわけか。今回もそれだけ自信がある、と。にゃろう、ライの分際で」


 ランスが吐き捨てる。

 二つ年下の弟だ。

 何度となく模擬戦で揉んでやったものだ。

 勿論、結果はランスの全戦全勝だ。しかし、ライオネルにとってそれは、あくまで三八年も前の過去に過ぎない。


「格下と、侮ってもらったら困るわね。そりゃあこと戦闘なら今でもあなたの前に敵はいないだろうけど、わたしたちが戦うのはあくまでドラゴンレーシングよ。あなたはたった二戦しか経験のないど新人、あっちはその道三〇年の大ベテランよ?」


 グイネヴィアが自信ありげにふふんと鼻で笑う。

 いかにランスが竜騎乗の怪物であろうと、所詮はまだ一八歳の若造に過ぎない。

 積み上げた経験は、あまりに少ない。

 その経験の差は果てしなく大きい。

 まさしく塵も積もれば山となる、である。


 だが、その逆境を前にして、ランスの口元が吊り上がっていく。

 いつもの不敵なそれとは違う、戦士の本性が滲み出たような獰猛で楽しげな笑みが浮かぶ。


「まさかこの時代に来てまで、魔王退治をさせられるとは思ってなかったぜ。しかも血を分けた弟まで敵に回ってやがる。くくっ、たまんねえよなぁ」

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