第二一翔

『皆様、お待たせいたしました。本日のメインイベント、G1重賞ライオネルステークス、間もなく発翔となります』

「あら、もうそんな時間? ふふっ、実はわたしの愛竜が出るの」


 ソファーに腰掛けたグィネヴィアがニコニコと隣に立つシャーロットに声をかけた。

 オーナールームのソファーは二つあるが、一つは現在空席である。

 ランスは女を立たせて自分が座れるかと固辞し、シャーロットもランスを立たせて自分が座るなどできようはずもなかった。


「ほう、どれだ?」


 ソファーを挟んだ先に立つランスが訊く。

 今の彼は両頬にくっきり手形をつけた実に情けない顔である。

 これではしばらくとても人前には出れそうにない。

 時折、リュネットが彼に目を向けてはそむけ、身体を震わせていたりする。


「ふふふ、勝った竜がわたしの、よ」

「それはすげえ自信だな。となると、あいつか」


 ランスが思い描いたのかどの竜か、シャーロットにはすぐに察しがついた。

 確かにシャーロットも、あの竜以外が勝つ姿をちょっと想像ができない。


 とは言え、勝負に絶対がないのがドラゴンレーシングだ。

 鉄板と言われたレースでも過去何度となく大番狂わせは起きたものだ。


 ドォォォォォォン! 

 発翔を告げる大砲の音が大気をつんざき、竜たちが大地を駆け空へと飛び上がっていく。


『さあ、各竜、一斉にスタートしました。大きな出遅れ等はない模様。まずハナを切ったのは一二番モルドレッド。そのすぐ後ろから一三番アヴァロン、この竜も上がっていくようです。三番手は六番ラウンドテーブル、その内から続いて行くのは一番ウインドハーティア……』


 実況シダー氏が先頭から順に竜の番号と名前を読み上げていく。


『……一一番エクスカリバーは最後方からの競翔のようです。さあ、先頭に戻りまして一二番モルドレッド、北門に差し掛かりました。続いて一三番アヴァロン、遅れじとついて行きます。そこから八竜身ほど離れて一番ウインドハーティア』

「むう、これはかなりのハイペースだな」


 シャーロットがスクリーンを凝視しつつ独りごちる。

 ウインドハーティアの翼質は先行、竜群の三番手か四番手という好位につけて、後半抜け出すという戦法を得意としている。

 鞍上の竜騎士ウォルターの騎乗も、シャーロットは知り抜いている。

 良く言えば他に惑わされる事のないマイペースな騎乗ができる、悪く言えば展開に応じた柔軟性に欠ける竜騎士だ。

 おそらくウインドハーティアは魔法時計で計ったように正確なペースを維持しているはずだ。

 そこから八竜身も先行しているとなれば、まずハイペースと見て間違いないだろう。


『五ドランの通過タイムが出ました。五八秒四、これは先の昇級戦に続いてまた超ハイペースだぁっ! 先行竜には厳しい戦いになりそうです』


 実況がシャーロットの推測を裏づけてくれる。


「お客が喜びそうなレースになりそうですね」

「まったくだな」


 リュネットの分析に、シャーロットは小さく笑う。

 ドラゴンレーシングで最も客が喜ぶのは、何と言っても後方から一気に前の竜をごぼう抜きにしていく痛快なシーンである。

 かくいうシャーロットもそういう展開には思わず拳を握り締めてしまうほど興奮するタチだ。

 この超ハイペースなら前の竜が次々と潰れていくだろうから、お目にかかれる可能性はかなり高そうである。


『さあ、六ドラン通過。後方の竜が一斉にペースを上げてきました。先頭との差がどんどん詰まっていきます。先頭は依然一二番モルドレッド、そのすぐ後ろには一三番アヴァロン、そこから五竜身ほど離れて一番ウインドハーティア。おおっと、一一番エクスカリバー、翼色がいいぞー! 前の竜を次々と追い抜いていくーっ!』

「おおっ!」


 シャーロットは思わず歓声を上げた。

 実況の言う通り、一一番のゼッケンをつけた竜がみるみるうちに順位を上げていき、ついにウインドハーティアに並ぶ。

 やはりこういう怒涛の追い上げは見ていてスカッとするものがある。

 先行逃げ切り型のアロンダイトでは出来ない芸当なので憧れも少なからずあった。


『さあ、先頭一二番モルドレッド、今、最終コーナーを曲がってぇ、ラスト三ドランの直線に入りましたぁぁぁっ! さあ、各竜、次々と鞭が入っていくーっ! 速い速い! 一一番エクスカリバー速い! 先頭との差をどんどん詰めていくー! 先頭一二番モルドレッドついに限界かーっ!?』


 実況の間にも、スクリーンではエクスカリバーが竜体を併せる間さえ与えずウインドハーティアを競り落とす。

 さすがはアーサー王の愛剣の名を冠するだけあり、実に素晴らしい切れ味の末翼だった。

 いよいよ前に残すはモルドレッドのみ。

 シャーロットは手に汗を握る。


『さあ、残り二ドラン、一一番エクスカリバー伸びる伸びる! ついに先頭モルドレッドを捉えたぁっ! そして今、追い抜……なんだぁっ!? モルドレッドが燃えているぞぉ!?』


 実況の絶叫とほぼ同時に、コロッセウムの観客がどよめいた。


 スクリーンでは漆黒の竜体を持つはずのモルドレッドが、今やサラマンダーと見間違うほどにその全身を赤く染めている。

 竜の全身がここまであからさまに変色するなど、一八〇年の竜産の歴史においても一度としてなかった事態である。

 そのかつてない正体不明の事態に場内騒然の中、


『突き離す突き離す! 一二番モルドレッド、ここに来てとんでもない超加速ぅっ! 炎の大激翔! あっという間にエクスカリバーを置いてきぼりぃぃぃぃっ!!』

「馬鹿なっ!?」


 シャーロットの口から思わず呻きが漏れた。


 有り得ない事態だった。

 エクスカリバーはレース前半、しっかりと翼を溜めていた。

 おそらくベストに近い末翼を披露しているはずだ。

 G1竜と比較してもなんら遜色のない末翼を、だ。


 それをレース前半あれだけハイペースで飛ばしていたモルドレッドが置き去りにするなど有り得ない。

 そんな体力、残っているはずがない。

 あれでは、あれではまるで――


「闘志爆翔……」


 リュネットが口元を両掌で覆い、驚愕に目を見張らせていた。

 そう、彼女の言うように、あれではまるでサラマンダー種とランスのコンビにしか使えないはずの切り札そのものではないか!


「あら、いいわね、それ。わたしたちも使わせてもらうとしましょうか」


 声の主――グィネヴィアはしてやったりという顔でほくそ笑んでいた。

 とは言え、ソファーの肘置きに爪を立てているあたり、内なる興奮を隠し切れていない。


『速い速い速い! 一二番モルドレッドとにかく速い! 六竜身……八竜身……十竜身……他竜を一気に突き放して、今、ゴォォォォォォォォル!! 第三二回ライオネルステークスの勝者は一二番モルドレッド!』


 そこでシダー氏はいったん言葉を区切り、大きく息を吸い込み、声高に叫ぶ。


『伝説の魔王! 圧倒的な強さを見せつけて、今ここに再臨っっ!!』

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