第十七翔
すでに陽は西の空に沈み、松明の炎だけが辺りを照らしていた。
吐く息が白く曇る。
空からはいつの間にやら雪が舞い降っていた。
ガラハッドの墓は、屋敷からほど近い、木々が生い茂る小高い丘の上にあった。
一辺一メトーほどの正方形の大理石のプレートが、地面に埋め込まれていた。
「長旅で疲れているってのに、悪かったな。明日にすれば良かったよな」
ランスの謝罪に、シャーロットは静かに首を横に振った。
「いえ。一刻も早くガラハッドの下に参りたいというランス様のお気持ちはわたしにもわかります。わたしにとっても、アロンダイトは全てですから」
「ほんと、悪いな」
もう一度謝って、ランスはじっとガラハッドの墓を見下ろす。
墓石には「救世の竜騎士ランスロットの愛騎ガラハッドここに眠る」と刻まれていた。
没年は、カムランの戦いのわずか一年後だった。
すでに三〇年以上の歳月を経ているはずだが、しっかり管理が行き届いているのかプレートは未だしっかり光沢を放っている。
二人にやや遅れて、リュネットが現れる。
その胸には酒瓶が一本抱かれていた。
シャーロットはそれを受け取り、ランスに手渡す。
「屋敷にある中でも最高級の葡萄酒です。どうぞ」
酒には清めの意味がある。
特に葡萄酒は「神の血」であると言われている。
ランカスターでは古くから墓参の折には葡萄酒を墓石にかけて死者を供養するのが習わしだった。
「ありがとな」
当然ながら竜に酒の味などわからない。
それでも共に何度も死線をくぐった戦友だ。
出来得る限り最高の物で弔ってやりたいというのが人情である。
そのランスの心を汲み、惜しげもなく最高の物を差し出してくれたシャーロットの心遣いが、何とも有難かった。
「ではわたしたちはこれで」
酒瓶を渡した後、リュネットを連れてこの場を去ってくれたのも、実に心にくかった。
彼女たちがいては、哭くに哭けない。
ランスは腰の魔剣アロンダイトを抜き放つや瓶の口を切り落とし、中身を墓石へと注いでいく。
墓石から垂れ落ちた葡萄酒が、白銀の雪を真っ赤に染め上げていった。
ランスは空になった酒瓶を地面に置き、魔剣の柄を両手で握り締め、切っ先が天を衝くように、胸の前で構える。
そして静かに目蓋を閉じた。
捧剣――竜騎士が死した戦友を天に送る時に用いる敬礼だった。
申し訳なさや感謝、哀悼、憐憫、様々な想いや言葉が、ランスの心に思い浮かんでは消えていく。
どれぐらいそうしていたか、胸に浮かんだ全ての思いを伝え終えた頃には、すっかりランスの頭や肩には雪が降り積もっていた。
「おまえの曾孫のことは俺に任せておけ。必ず……ダービーを勝たせてみせる」
最後に不敵な笑顔とともにそう誓って、ランスは魔剣を鞘に納め、墓石に背を向けた。
そのまま丘を下り屋敷の前まで戻ると、シャーロットが白い息を吐いて手を温めながら待っていてくれた。
こちらに気づくと、優しく微笑む。
「お食事の用意が出来ております。冷えた身体にはやはり温かいものを食べるに限ります」
訊きたい事は山ほどあるだろうに、全てを呑みこんで、そんな事を言う。
「……嬢ちゃん、って子供扱いは失礼か。シャーロット、おまえ、いい女だな」
お世辞ではなく、掛け値なしの本音だった。
これほど竜騎士の心を汲んでくれる女はそうそういないと断言できた。
「い、い、い、いきなりなんですかぁっ!?」
突然の褒め言葉に、シャーロットは顔を真っ赤に染めてうろたえた。その狼狽ぶりも可愛く思えた。
ランスはポンポンといつものようにシャーロットの頭を優しく叩く。
その下でシャーロットが「……勘違い、してしまいます」と囁いていたのは、幸か不幸か彼の耳に届くことはなかった。
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