第八翔
新竜戦いわば前座にもかかわらず、コロッセウムは異様な大歓声に包まれていた。
辺り一面に舞い散る紙吹雪は、ギャンブルで使われ外れた竜券だ。
この数からして相当多くの人が損をしたようである。
しかし、みなスタンディングオベーションで勝利者を讃えていた。
民衆にとって、サラマンダー種は物心つく頃からのヒーローだった。
今のドラゴンレーシングの時代にはそぐわない種であり、衰退の一途を辿っている事も知っている。
だがだからこそ、その逆境を跳ね除け勝利したサラマンダーには祝福を惜しまない。
しかもここまで強いレースぶりを魅せて、ワイバーン種をぶっちぎったのだ。
まさに胸をすくような爽快感を、皆味わっていた。
コロッセウムの吹き抜けの中央部には芝生が広がり、そのさらに中心にちょうど竜が一匹入れるような大きさの円が描かれている。
レースに勝利した竜だけが降り立つ事を許される、ウィナーズサークルだ。
そこにアロンダイトを着陸させ、ランスがひらりと舞い降りると、物凄い勢いで何かが胸に飛び込んできた。
「よくやった! よくやってくれた! ありがとう、ランス、ありがとう!」
シャーロットだった。
その顔を涙でくしゃくしゃにしていて、せっかくの美貌が台無しである。
それ以上は言葉にならなかったようで、ランスの胸に顔をうずめ大声で泣き出してしまう。
困ったのはランスである。
数万人の見ている前でこれは、辱め以外の何物でもない。
さすがの彼も少々顔をひきつらせていた。
しかし気持ちはわからないでもなかったので好きにさせておいた。
「す、すまん。つい感極まって……」
シャーロットが冷静さを取り戻したのは、実にたっぷり一分間は大泣きしてからだった。
「まったくだ。抱きつく相手が違うんだろ。頑張ったのは、あいつだ」
ランスがアロンダイトを親指で指し示すと、彼はどこか誇らしげに鼻を鳴らしていた。
シャーロットは目元の涙を拭って、満面の笑みを浮かべる。
「ああ、アロンダイトも後でいっぱい褒めてやるさ。だが、今は何より貴公に礼を言いたい。よくぞ、よくぞアロンダイトを勝たせてくれた。しかもレコードタイムでっ!」
アロンダイトの翔破タイムは一分五八秒四。
文句なしの帝国三歳レコードタイムであった。
勿論、ドラゴンレーシングは時計だけでは計れない。
G1レースが格下のレースより遅いタイムだった、なんてこともざらにある。
しかし、現代のドラゴンレーシングにおいて、「速さ」が最も重要な要素であることはやはり確かだった。
また竜は競翔生活の後には、種牡竜生活という第二の竜生が待っている。
このレコードタイムという実績は、必ずやアロンダイトが後ぶ種牡竜となるために大きなプラスとなるはずだった。
「本当にありがとう」
シャーロットの心からの感謝の言葉に、しかし見ればランスは目いっぱい嫌そうな顔をしていた。
こちらが誠心誠意感謝を示していると言うのに、こんな顔をされてはさすがにシャーロットも面白くない。
「……なぜそんな嫌そうな顔をする?」
「当たり前だ。あんだけ大口叩いておいて、三回もミスっちまった。穴があったら入りたいぐらいだ。礼なんか言われると、余計に鬱になる」
ランスは右手で顔を覆い、はああああっと重たい溜息をつく。
レコードタイムを一秒以上更新するような神がかり的騎乗を見せておいて、ミスをしたと本気で落ち込んでいる。
だったらミスをしなければ、いったいどんなとんでもないタイムを記録したと言うのか。もはや呆れて苦笑するしかない。
つくづく、桁違いな男だった。
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