第七翔

『アロンダイトついに息切れかーっ!?』


 遠くかすかに響いてくる叫び声に、ランスは思わず苦笑した。


 実際、アロンダイトは疲れていた。

 手綱からまるで力が伝わってこない。


 当たり前だ。

 いかなる名竜であろうと、こんなペースで飛ばして疲れないわけがない。


「けど、ここで終わるようなタマじゃあねえよなぁ、おまえは」


 ランスがアロンダイトの首筋を撫でながら呼びかける。


「わかるだろう。今、おまえは一番前を飛んでいる。もうぶっちぎりで飛んでいる。きっと嬢ちゃん、喜んでるぜ~」


 実はちっとも喜んでいなかった。


「おまえがこのまま一番最初にゴールに突っ込むのを期待しているだろうよ」


 実際は現実逃避していた。


「だけど、ここまで期待させておいて負けちまったら、嬢ちゃん、すっげーがっかりするだろうなぁ? 期待が大きかっただけに、失望も大きいだろうなぁ」


 ピクリとアロンダイトが反応するのをランスは手綱から確かに感じ取り、してやったりとほくそ笑む。

 もうこっちのものだった。


「そんなのは見たくねえよなぁ。どうせなら喜んだ顔が見てえよなぁ。じゃあこのまま一番を続けるしかねえだろう? 約束してやるよ。おまえが一番を取ったら、おまえがこれまで一度も見た事がねえぐらい嬉しそうな嬢ちゃんの顔が拝めるぜ」


 嘘八百のこの男の言葉の中で、ただそれだけは紛れもない真実だった。

 そして――

 アロンダイトの瞳に闘志の炎が燃え盛った。




『最終コーナーを回って、直線コースに入りました。先頭は四番アロンダイト。後続との差はすでに一〇竜身まで縮まっております。このまま逃げ切れるのでしょうか。さあ各竜、一斉にラストスパートに入りましたーっ!』

「あああああ……」


 シャーロットは言葉を忘れてしまったかのように、胸の前で手を組み合わせたまま呻き声をあげていた。


 二〇竜身以上あった差がたった三ドランの間に一〇竜身だ。

 もう完全にアロンダイトの体力は尽きているとしか思えなかった。

 それに比べて他の竜は最後の直線に入り、どんどんその速度をあげてくる。


『残り二ドラン、まだ先頭は四番アロンダイト。差は七竜身。二番手は一番人気三番ウインドハーティア、翼色がいい。さあ、先頭を捉えられるか!?』


 ついに来たかっ! とシャーロットは心の中で悲鳴を上げる。

 コロッセウム用スクリーンを見れば、ワイバーン種特有の黒色の竜体が力強く羽ばたいている。

 鞍上の竜騎士ウォルターの顔には勝利を確信した笑みさえ浮かんでいた。


 実況の言う通り、ウインドハーティアは実にスピードが乗っていた。

 騎手の鞭が唸り、後続をどんどん突き放していく。前評判通りの翼だった。

 このままではあっという間に追い抜かれ――


『さあ、残り一ドラン。先頭は四番アロンダイト。差は六竜身! アロンダイト粘る! アロンダイト粘る! これはもしかするともしかするのかーっ!』

「えっ!?」


 差がほとんど縮まっていない? 

 あれだけハイペースで飛ばして、ワイバーン種の有力竜の全力飛行と同等のスピードを出していると言うことになる。


 ウインドハーティアの調子が悪い?

 否、それだったら後続との差は開かない。


 有り得ないことだった。

 ドラゴンレーシングの常識から考えて、絶対に有り得ないことだった。

 オーナー用のスクリーンの方を急いで振り向く。


 そこには闘志を剥き出しにしたアロンダイトがいた。

 記憶が脳裏に蘇る。あれは二年前、年上のサラマンダーを打ち倒した時の顔だ。

 久方ぶりに見る戦士の顔だった。


 それに目の錯覚だろうか。

 アロンダイトの身体を覆う鱗が普段より赤味が増しているように見える。


 否、毎日接しているシャーロットが見間違うはずがない。

 いったい、いったいアロンダイトに何が起こっているんだ!?

 いや、今はそんなことはどうでもいい。


「もう少し、もう少しだアロンダイト!」


 今はただ、ひたすら応援するだけだ。


「がんばれ、がんばれ……けっぱれーっ!」


 その主の魂の叫びが届いたか、アロンダイトがさらに加速した。

 コロッセウム上空に視線を移す。

 もう肉眼でも深紅の閃光がこちらに向けて物凄い勢いで翔けてくるのが見えた。


『残り二〇〇メトー。強い! アロンダイト強い! 後続を大きくぶっちぎって、今ゴォォォォォォォルっ! アロンダイト一着、アロンダイト圧勝。勝ったのは四番アロンダイト! 来年のダービーの有力候補がまた一頭現れました。その名はアロンダイトっ!』

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