第一翔
「いったいどういうことだ!?」
シャーロットはその美しい顔を憤怒に染めて、目の前の男に詰め寄った。
煌びやかな金色の髪を腰ほどまで伸ばした、一七~八歳の少女である。白を基調としたサーコートにズボン、いわゆる騎士服に身を包んだ姿はとても様になっており、凛としたものがあった。
対する男のほうはシャーロットより一回りは年長らしき屈強そうな男である。その身体は服の上からでもかなり鍛えこまれていることが一目でわかる。
しかし今はシャーロットの気迫に圧され、腰が引け気味だった。彼女と視線を合わせようとしていないところからして、何か後ろめたいことがあるようだった。
「答えろ、ウォルター! 今日になって
落雷のごときシャーロットの怒声にウォルターと呼ばれた男の身体がビクッと一瞬震える。
部屋には二人の他にも六人程の男女がいたが、みな少女と同じように怒りに満ちた非難がましい視線をウォルターに注いでいた。
「騎乗依頼が、あったのです。ウインドハーティアの……」
ウォルターはやはりシャーロットから視線をそらしたまま、ぼそりと呟く。
シャーロットはその一言で多くを悟ったようだった。
ウォルターに向ける圧力を少しだけ和らげると、腕を組んで忌々しげに舌打つ。
「未来のダービー候補、と評判の竜、か。そして我がアロンダイトが出翔を予定している明日の新竜戦にエントリーしていたな」
現在、このドラゴニア大陸を収める神聖ランカスター帝国では、騎手が乗った竜が規定の距離を飛び先着を競うというドラゴンレーシングが大流行していた。
当然のことながら、同じレースで一人の竜騎士が二匹の竜に騎乗することなどできるはずもない。
よって二つの陣営から騎乗依頼があった場合、竜騎士はどちらか一方を選ばなければならない。
その判断基準は竜騎士個人の事情によるが、概ね大別すれば、「義理」か「強弱」と言える。
世話になっている人間からの頼みをきくか、より勝てるほうをとるか、だ。
そしてやはり当然のことながら、前者を捨てて後者を取る人間は恨みを買いやすいのが世の常であった。
「なるほど、これまでなにかとそなたに目をかけていた御祖父さまへの御恩を忘れ、あまつさえ仇を為すというのだな。お祖父さまももさぞ嘆かれよう」
「っ!」
彼女の祖父の話が出た途端、ウォルターの顔がはっきりと罪悪感に歪む。
自らが義理を欠いた行動をしている事を彼は自覚しており、それに心を痛めている証拠と言えた。それほどまでの理由が彼にはあるのだ。
シャーロットはふうっと部屋中に響き渡るほどの大きな溜息を吐く。
「ウォルター、理由を訊かせてもらおうか」
先程までとは打って変わってトーンダウンした落ち着いた口調。しかしだからこそ冷徹な響きがあった。
問い掛けつつも、シャーロットはすでに理由をなんとなく察していた。わかってしまっただけに、怒気も失せてしまったのだ。
「……G1のタイトルが、欲しいのです。それも……ダービーが……っ!」
喉から絞り出すようなかすれた声で、ウォルターは言った。
やはりか、とシャーロットは心の中で嘆息する。
ドラゴンレーシングには、重賞と呼ばれる優勝賞金も桁違いに高く優良竜が出揃うレースがある。
G1はその中でも年に一七回しか行われない最も格の高いレースだ。
一七回というと一見、多すぎてそれでは有難味が薄れるように感じるかもしれないが、一〇ドラン(一ドラン約一キロ)の短距離から四〇ドランの長距離まで様々なレースがあり、竜自身にも得意な距離というものがある。
実際は一頭の竜が一年で二個も獲れば「名竜」と讃えられるほどに獲得は非常に困難だ。
そしてダービーは四歳の竜しか出翔出来ない、すなわち竜が一生に一度だけ飛ぶ事が許されるレースで、数あるG1の中でも最も栄誉があり最高峰とされるレースだった。
ドラゴンレーシングに携わる者にとってダービーは「特別」だ。
ダービー竜の生産者になること、オーナーになること、そして竜騎士になること、それは非常に多くの人間が夢見、そしてほんの一握りの人間しか勝ちとることができない最上の栄誉だった。
これまで築き上げてきた人間関係を壊してでも手に入れたいと思うほどに。
「おまえはアロンダイトより、ウインドハーティアのほうが良い竜だと思うわけだな」
「……はい。アロンダイトの時計は一ドラン一一秒二がベスト、ウインドハーティアは一〇秒七。時計が全てではありませんが、これでは勝負にもなりません」
「勝負にもならない……か」
シャーロットが自嘲気味にウォルターの言葉を繰り返す。
たった一秒にも満たない差、だがそれがドラゴンレーシングでは覆しがたいほど非常に大きな差なのだ。
「貴様の気持ちはわかった。だが、なぜ……なぜ今日なのだ。せめてもっと早く言ってもらいたかったぞ。今からでは別の竜騎士など用意しようがないではないか」
「……レース会場には、代乗りしてくれる竜騎士がおりますよ」
「出来ないとわかっていて、そんな事を言うのは男らしくないぞ、ウォルター」
やはり目をそらしながら返すウォルターに、シャーロットは氷のごとき冷やかな視線を浴びせた。
ドラゴンレーシングは週末に開催され、一日に概ね一〇レースほどが行われる。
一人の竜騎士が全てのレースに出翔する、などということはまずあり得ず、鞍上を務めるレース以外は身体が余っている竜騎士も勿論いはするだろう。その中には、ウォルターより実績のある竜騎士もいるかもしれない。
だが、シャーロットの愛竜アロンダイトには、どうしても鞍上はウォルターでなければならない理由があるのだ。
それをこの男は身を持って知っているはずで、なのにレースを明日に控えた今更になって騎乗を断ってくるのはあまりにも無責任に思えた。
しばし静寂が部屋を支配し、やがてその無言の圧力に耐えかねたのかウォルターがぽつぽつと経緯を語り始めた。
「騎乗依頼を受けたのが、今日なのです。昨日、主戦の竜騎士が調教中に落竜して大怪我したらしく、私にお鉢が回ってきました。私の腕をかなり高く買ってくれてるようで、もし受けるのなら主戦に起用してもいいと言ってくれてるんです」
「それで受けたわけか」
「……はい。迷いは……したのですが……」
「怪我……パーシヴァル殿か」
昨日あった報告を思い出しつつ、シャーロットがふんと鼻を鳴らして呟く。
パーシヴァルは弱冠二九歳ながらすでにG1を十回制し、天才と謳われるトップクラスの竜騎士だ。
ウインドハーティア陣営も大層焦ったことは想像に難くない。
いかな名竜とて優れた竜騎士が背に乗らなければその能力を十全には発揮できない。代わりの竜騎士選びに東西奔走したことだろう。
しかし、ダービーまでもうあと半年を切っている。すでに一流どころの竜騎士は、有力竜をお手竜にしていて身体は空いていないはずだ。
「それで他家のお抱えを勧誘、か。我がロックウェル家を相手になかなか肝が据わった事をする。どこだ?」
「あ、えっと……クローダス公です」
「あそこかっ!」
シャーロットはピシャリと顔を叩いて天を仰ぐ。
個人的に少々因縁のある家だった。
具体的には見合いの席で嫡孫の顔面を思いっきり殴り飛ばした事がある。
初対面から軽々しく肩など抱いてくる方も悪いとシャーロットは思うのだが、それでも怪我をさせたのはこちらの過失だ。
シャーロットとしてもロックウェル家としても、あまり強く非難出来ない相手だった。
ダービーがかかっているのだ、さすがに怨恨だけで選んだということはないだろうが。
ウォルターはG1勝ちこそないものの、騎乗技術は同期の竜騎士たちと比較しても決して劣るものではない。
G1を獲れない主な原因は、彼をお抱えにしているロックウェル家がG1を勝てるほどの竜を生産できていない為で、腕前自体はむしろ現役全体を見渡してもかなり上位に食い込むはずだ。
優秀な竜騎士を探していたクローダス公にとって、まさにウォルターは打ってつけの人間だったわけだ。
「さすがにしたたかだ、クローダス公」
シャーロットの呟きは、皮肉ではなく素直な称賛だった。
ウォルターはロックウェル家にそれなりに恩義を感じてくれていたはずだ。これは先程の罪悪感に満ち満ちた表情からもわかる。
一方で彼は自身の腕に矜持を持っていた。
G1を未だ獲れていないことを苦々しく思い、そして狂おしいほどに切望していた。
クローダス公は恐らくはそこを巧みに突いたのだろう。
ロックウェル家が抗議できないことまで見越して。見事と言うしかない。
「分かった、どこへでも行くがいい」
どかっと乱暴に椅子に腰掛け、つまらなさげに頬杖をついてシャーロットは吐き捨てる。
「姫……様?」
ウォルターは呆気にとられたように目を瞬かせた。
まさかこれほどすんなり受け入れてもらえるとは思っていなかったのだろう。
「しかし、わかっておろうな? 二度とシャーウッドの地に立ちいる事は許さんぞ」
「はっ、心得ております。長年、お世話になりました。大旦那様にも宜しくお伝えください」
「まったく、わたしに伝えよと言うのか、病身のお祖父さまに。はあ、まあよい。貴様の顔などもう見たくもない。さっさと去ね」
しっしっと野良犬を追い払うようにシャーロットは手を振ると、ウォルターも深々と頭を垂れた後、いたたまれないのか足早に退室していった。
「姫様、よろしかったのですか?」
ウォルターの足音が遠ざかりやがて消えた頃、それまでシャーロットの背後に控え無言を通してきたメイドが問いかけてきた。
シャーロットの専属メイドで、名をリュネットと言う。
年はシャーロットより一つ二つ下、顔立ちは整っているがどこか冷たそうな印象の黒髪の少女だった。
「アロンダイトはわたしにとって我が子も同然の存在だ。いやいや乗って欲しくなどない。またそんな竜騎士が鞍上では、勝てるとも思えん」
椅子の肘置きに頬杖を突いたまま、つまらなさげにシャーロットはぼやく。
負け惜しみを言っているという自覚は、あった。
アロンダイトは前評判でもまったく話題に昇っていなかったし、実績的にもこれまで三戦全敗とまるでいいところがない。
それでも面と向かって身内――もう絶縁したが――にウインド何某のほうが魅力的です、と言われたのは、さすがにショックだった。
勝てないのは貴様の腕のせいだ、とでも思わなければやっていられない。
「しかし、竜騎士がおらねば出翔すら叶わないかと」
「競技場で身体の空いている竜騎士を探して頼みこむしかあるまい」
シャーロットは人差し指にくるくると髪の毛を巻きながら、つまらなさげに答える。
どこか投げやりな様子だった。
この仕草は彼女がかなり不機嫌な証拠で、普通のメイドなら主人の勘気を被ることを恐れて口をつぐむところである。
だが、このメイドは違った。
「身体の空いている竜騎士は大勢おりましょうが、問題はぶっつけ本番で乗れる竜騎士がいるかどうか、かと存じます」
「……いない、だろうな。名手ライオネル様や天才パーシヴァル殿でもまず無理だろう。できるとすればあの方ぐらいだ。ええい、ウォルターのアホめ、三日前、いやせめて昨日のうちになら何とかなったやもしれんものをっ!」
ダンっと拳を肘置きに叩きつけ、シャーロットは憤慨を露わにする。
そんな主に、やはり氷のごとき無表情でリュネットは諫言を続けた。
「当日になってレースに出れないとなっては姫様の恥、ひいてはロックウェル家の名に傷がつきます。やはりこうなっては出翔をキャンセルするしか……」
「馬鹿を言うな! 明日のレースに勝たねば、ダービーには間に合わなくなる」
ダービーまであと半年あるとはいえ、望んだ竜すべてが出翔できるほど最高峰のレースが甘いはずもない。
いくつかの手順を踏まねばならない。
明日を落とせば、絶対に無理とまではいかないが、時間的に相当厳しくなる、という認識がシャーロットにはあった。
「畏れ多くも申し上げますと、もうダービーはお諦めになるべきかと存じます」
ざわっと周囲の者の息を呑む声が重なった。
皆、主人のダービーへかける意気込みを十分に知っていたからだ。
彼女の一番の忠臣であるリュネットが当然それを知らぬはずもない。
しかし、誰かが言わねばならぬことでもあった。
「ふん、いつもながら言い難いことをはっきり言ってくれるな、リュネは」
「申し訳ございません」
「よい。おぬしのそう言う所をわたしは気に入っている」
シャーロットは頭を垂れるメイドの頬を優しく撫でる。
それまで無表情を通してきたリュネットの顔にわずかに赤味が差した。
「まあ、いざとなれば、わたしが乗るまでだ。なに、ウォルターよりはるかに上手く乗れる自信はある」
「姫様、竜騎士には男性しかなれませぬ。違反で失格となるだけでございます」
おどけて言うシャーロットに、リュネットはあくまで真面目な言葉で返す。
どうにもこのメイドは冗談を解する能力に著しく欠けるところがあった。
「わかっておるよ」
とりあえず冗談で気を紛らわせてはみたものの、やはり八方ふさがりの現状を打開する手がまるで浮かんでこない。
出翔をキャンセルするなら、やはり早ければ早いほど他への迷惑が減る。
レースは最低六頭立てでなければ行うことが出来ず、明日の新竜戦にエントリーしている竜は七頭。
他にもう一頭トラブルが発生すれば、レース自体が行われなくなる。
当日になって開催できないなどということになれば関係者からの不評は避けられない。
「ぬう、はなはだ無念ではあるが、やはりリュネの言う通り……」
コンコン。
シャーロットが諦めの言葉を口にしかけた時、ドアをノックする音が響いた。
見るとドアはすでに開いていて、男が戸に寄り掛かっていた。
そう言えばよほど急いでいたのかウォルターが戸を閉めていかなかった事を思い出す。
背の高い男だった。
部屋にいる男たちより頭半分ほど抜けている。
細身だが筋肉はしっかりついていた。それでいて立ち姿にはしなやかさがあり猫科の猛獣を思わせる。
顔立ちはかなり整っているが、口元を覆う無精ひげとそこに浮かぶ人を食ったようなシニカルな笑みが台無しにしていた。
年は若そうだが、年齢の判断はつきかねた。無精ひげを剃れば見た目かなり若返りそうである。
身につけているのはランカスター帝国における標準的な騎士服に近いが、若干デザインが違う。
どこか古めかしい感じがした。またところどころ泥で汚れている。
そして腰には一振りの剣が差してあった。
シャーロットは外面は冷静さを取り繕ったものの、内心少々驚いていた。
いくらリュネットと話をしていたとはいえ、こんな武器を帯びた、しかも目立つ侵入者の存在に気づかぬとは不覚もいいところであった。
リュネットも苦々しげな顔をしており、部屋にいる他の者も一様に驚いている。
どうやら誰も彼の入室に気づけなかったらしい。
「失礼。自分を売り込みに来たんだが、どうやら願ってもない状況みたいだな」
第一印象通り、人を食ったようなふざけた第一声だった。だがだからこそ、シャーロットはこの男に興味を覚える。
「ほう、暗殺者かな? 殺したいヤツならちょうど今、二人ほど出来たところだ」
「あん? ここってアロンダイトが所属している厩舎だよな? 暗殺ギルドも兼ねているとは知らなかったぜ」
自分を売り込みに来たというわりには、あまりにざっくばらんな口調だった。
その無礼さに部屋にいる人間はシャーロットを除いて顔をしかめている。
リュネットなどは無表情だが、わずかに目を細め、ポケットに忍ばせた懐剣に手を伸ばしていた。
「いや、ここは貴公の言う通り、アロンダイトの厩舎だ。わたしはアロンダイトのオーナー兼調教師のシャーロット=ロックウェルだ」
「竜騎士のランス=スカイウォーカーだ。単刀直入に言おう。アロンダイトの鞍上に俺を乗せないか? 俺ならあんなヘボよりよっぽど気持ちよくあいつに空を飛ばしてやれるぜ」
「随分な大口を叩く。その割には聞かん名だ」
シャーロットはつまらなさげに感想を述べる。
様々な理由からアロンダイトに自分から乗りたがる竜騎士はまずほとんどいない。
ゆえにロックウェル家ではウォルターを厚遇しお抱えにしてきたのだが、結局去られてしまった。
その意味で渡りに船の話ではある。
しかしシャーロットはすぐ飛びつくような愚は犯さない。
そんなことをすれば足下を見られるだけだ。
どうせ新たに雇うなら少しでも腕の良い竜騎士がいい。
「そりゃ仕方ない。昨日、試験に受かって免許取ったばかりだからな」
期待が失望に変わる瞬間だった。
名前を聞いた覚えがないのでそれほど実績のある竜騎士だとは思っていなかったが、それでもあれほどの大口を叩くのだから、それなりに経験があるものと思っていたのだ。
竜騎士養成学校に関しても情報を部下にちくいち集めさせ、有望な人材はリストアップさせている。
だが、ランス=スカイウォーカーなどと言う名前には覚えがない。
期待の大型新人、というわけでもないわけだ。
そもそも竜騎士養成学校の卒業式は二月で今は一一月だ。こんな時期に受かっているようでは、落ちこぼれもいいところだった。
「話にならんな。そんなひよっこにアロンダイトは乗りこなせん」
ウォルターにしたように、シャーロットは苛立ち交じりにしっしっと手の甲を振って追い払う仕草をする。
「まあ、確かに気難しそうだったけどよ。それは試してみないとわかんねえだろう? どうしても俺はあいつに乗りてえんだ」
男が食い下がってくる。
態度は悪いが、アロンダイトに乗りたいという気持ちは本物らしい。
シャーロットとしても、多くの竜騎士から敬遠されがちな愛竜をここまで気に入ってくれる人間に悪印象を抱けるわけもなく、まあ一度ぐらい乗せてやってもいいか、という気になってくる。
「そうだな。貴公の言う通りだ。試し乗りで決めよう。この世界は結果が全てだ。見事乗りこなすことができれば、是非とも貴公に騎乗してもらいたいとこちらのほうが頭を下げて頼もう」
「その言葉、忘れるなよ、嬢ちゃん」
「嬢ちゃんではない。シャーロットだ」
「ああ、そうそう、そんな名前だったな。まあ、ンなことよりさっさと乗せてくれよ。嬢ちゃん」
まったくもって失礼な男であった。
シャーロットも一応は年頃の女の子で、それなりに自分の容姿には自信を持っていた。社交の場に繰り出せば、言い寄ってくる男も少なくない。
だというのにこの男はシャーロットに一片の興味も示さない。
その瞳にはアロンダイトしか映していない。
いささか女のプライドが傷ついたが、竜騎士としては非常に好ましい。
そしてシャーロットが望んでいるのは自分に言い寄ってくる男などではなく、生粋の竜騎士だった。
「その前に。怪我をしたり万一死んでも当方は責任をもてんのでな。その場合は責任の一切は自分にあること、一筆書いてもらいたい」
「おう、書く書く。何でも書くぜ」
ランスは手近にあった机に駆け寄ると、手だけを後ろに伸ばしひらひらと何かを催促する。シャーロットは苦笑しつつ彼が望んでいるものを指示してやる。
「誰か、この男に紙とペンを渡してやれ」
「はっ」
別の机で何か作業をしていた男が立ち上がり、ランスの前に言われたものを持って行く。
ランスはそれらを乱暴に奪い取ると、ふんふんと鼻歌さえ響かせて筆を滑らせていく。
「姫様、なぜあのような無礼な男をアロンダイトに乗せて差し上げるのです!? 先程我が子も同然と仰ったばかりではございませんか」
リュネットがシャーロットに耳元に口を寄せて囁いてくる。
一応、小声ではあるが本人を前にして言う辺り、このメイドは相当にランスの事が気に入らないらしい。
「我が子同然と思うからこそだ。愛するより愛される方が幸せだとよく言うだろう? あそこまで熱烈に想っているのだ。案外、気難しいアロンダイトも心を開くかもしれんぞ」
「冗談を言っている場合ではございません!」
「おお、おぬしもようやくわたしの冗談を解すようになったのか。嬉しいぞ」
「姫様っ!」
「はは、すまんすまん。まあ、冗談はさておき、アロンダイトへの試し乗りぐらい大目に見よ。無礼者ではあるが、わたしはけっこうあの男が気に入ったのだ」
おまえはかなり気に入らないようだがな、と心の中で付け加える。
「……仰せのままに」
主にこうまで言われてしまっては、メイドとしては引き下がるしかない。
しぶしぶ了承するリュネットであったが、お小言は忘れなかった。
「姫様は普段はご聡明であらせられるのに、アロンダイトの事となると途端にお目がお曇りになってしまいます。アロンダイトを絶賛する詐欺師がいたらすぐに騙されてしまうのではないかと心配になります」
「確かにそれはちょっと否定できないな。その時はおまえがわたしを止めてくれ」
「今がまさにその時でございます」
しっかりはっきり諫言する忠臣に、シャーロットは満足そうに高らかな笑い声を響かせた。
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