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「運び屋、怪我は大丈夫ですか?」
掴まるしかないので掴まっている運び屋の身体のあちこちから生暖かいものが触れる。ホテルから出る前に軽く止血は済ませたが、ざっくりしすぎていたようだ。
「…出血が多い」
「そうですか。これはどこに向かっていますか?」
「俺の拠点」
「俺の拠点ですか」
道路には二人分の血が跳ねている。後を追われている気配はないが、明日のニュース番組は大騒ぎになりそうだ。
裏路地を通ってしばらくしたところで、突然バイクが止まった。背中から顔を上げる。
「どうしっ…」
言葉を手で遮られる。
「特犯がいる、逃げるぞ」
運び屋の拠点の前に特犯が待ち伏せていた、という認識でいいのだろう。根回しが早いが、あれだけ暴れておけば当然か。
少し距離を取ってから声を発した。
「私の家も諦めた方がよさそうですね」
「それが妥当だな。俺の運搬拠点に行く。そこなら場所が割れていない」
「…お願いします」
10年ぐらいだろうか。過ごしたあの家を一夜で捨てることになるとは。少し寂しい思いを感じつつ、夜空の星を眺めた。
運搬拠点は、畑に囲まれた倉庫の一角だった。中に入るや、運び屋は倒れ込む。足を引きずりながら、何とか生活空間へお邪魔した。
「大丈夫じゃないですね。救急箱あります?」
気だるそうな腕で指したスチールラックから白い箱を取り出す。
「触りますよ」
と手を伸ばしたが、断られてしまった。素直に従い、消毒とさらしや絆創膏を渡す。
「向こうへ行って、自分の手当てをしておけ」
「…はい」
少ししょんぼりしながら、足の手当てや細かい傷を手当していく。出血こそ多いが、急所には触れていない。明日からでも歩けはするだろう。
終わって一息つくと、急激に眠気が襲ってきた。血塗れの上、生憎のドレスだが、起き上がる気力が湧かずにずるずるとスチールラックへもたれかかる。そのまま眠りについた。
「っ」
脇腹からの出血がひどい。ガーゼで抑えつつ、殺し屋の足を思い出す。あちらも掠っただけでまず良かった。
大量出血のせいでくらくらする。それでも、この選択を後悔はしない。
「運命の出逢い、か」
自分の気のおかしさに笑いながらてきぱきと手当を済ませた。
殺し屋の様子を見にいけば、ドレスのまま死んだように眠っている。傍らには鞘に収まった刀。窓から差し込んだ光が絵になる。
息を吐きながらその辺の毛布を掛けて、自分はソファで眠りについた。
かたん。物音で二人が一気に目を覚ます。小鳥が小屋の外へ置いてあったバイクに留まり、少し位置がずれた音だったようだ。
「おはようございます。すみません、寝落ちしちゃって」
自分が毛布を掛けていて背中にクッションが挟まれていることに気が付いた。
「血が…」
「構わない」
運び屋は立ち上がる。怪我の調子は悪くないようだ。
「何か食べれるか」
「はい」
「少し待て」
倉庫の奥から保存食と着替えが出てくる。
「俺ので悪いな」と言い、シャワーを貸してくれる。血で水は赤黒く染まった。
その後、食料を分けて貰った。朝ごはんは食べない派だが、もう時刻は正午に近い。
「いただきます」
食事を前に手を合わせた時、殺し屋は一瞬目を閉じた。癖なのだろうか。殺すなら今のタイミングだな、なんてことが頭をよぎった。
「食事中だが、契約の内容についてもう一度確認をしないか」
早めに確実にしておきたいところだ。
「そうしましょう。改めて、私からの依頼は死に場所まで運んでいただくことです。そしてその場所に、{来月の定例会会場}を指定します。そこまで、私を連れて行ってください。それともう一つ指定が…」
全く、今までで一番厄介な依頼人だ。
「分かった。完遂を約束しよう」
目を伏せて続けた。
「俺の依頼はあいつらを殺してもらうことだが、言い方を変えよう。お前の殺したい奴を殺してくれ。そしてこれに、一つ追加をしたい」
一息ついた。
「俺を殺してくれ」
「…まず、私の殺したい人を殺してくれ、というのは?」
「あんたは今まで、人の為に人を殺したんだろう。じゃあ、自分の為に殺したっていいじゃないかと、俺が思っただけだ」
思わぬ依頼に、少し頭を悩ませる。
「それは、殺し屋じゃなくてただの人殺しになりません?」
「あんたがそれにこだわるのなら断ればいい。だが、あんたはもうあの場で数人殺しただろう。自分の殺したい奴を」
ここで、「それは貴方からの依頼で」と言ってもいいが、最終に判断したのは私だ。その時点で、もう心は決まっていたのだろう。
「分かりました。お断りしません。ですがもう殺し屋は名乗りません」
「…好きにすればいい。だが殺しは殺しだ、名前が重要だとは俺は思わない」
この男は、どうしてそこまで私の檻を外そうとするのだろう。
「次です。依頼内容の追加は構いませんが、何故?」
一応、という形で聞いてみることにした。
「あれだけ派手にやってきた上、俺はあんたを死に場所まで連れていかなきゃならない。その後のことに興味がないだけだ」
「…なるほど。殺すのは私でいいんですね?」
「ああ。殺されるならあんたがいい」
殺し屋は食事の手を止めた。
「なんか、お互いプロポーズみたいですね」
「そうだったら、酷い世界だな」
暫く、沈黙が続いた。
「そういえば、名前お教えしましょうか?」
今まで、仕事関係の人に本名を伝えたことは一度もない。というか、今私の本名を知る人は私だけ。運び屋は分かりやすく嫌そうな顔をした。
「それは仕事に必要か?」
「必要です」
じっと目を見つめられる。負けじと視線を送れば、先に折れたのは運び屋だ。
「
「灰さん、私は
一瞬気まずくなる。
「これで、外で名前を呼ばれても殺し屋だってばれませんね」
そう言って笑いかけた。
「…そんなことより、作戦会議だ」
呆れたように、それでも少し嬉しそうな表情に見えた。
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