3
「随分と洒落てますね」
唇の血を舐め、顎へ流れたそれを拭う。運び屋は不敵に笑った。
「じゃあ、殺します」
ピンヒールを脱ぎ捨てた裸足で、漆黒の天使は一礼した。刀を取り出し、抜刀する。その身から溢れる殺気と恐ろしさに、担当者は気を失った。
「お前は援護と救護に当たれ!俺が相手する!」
弟に叫んだ兄は、先ほどと同様の剣術で斬りかかってきた。
「その剣術、私と同じなんですよ」
調子が戻ってきた。
「さっきから思っていましたが変な癖がありすぎです。良くないですよ」
「黙れ」
桔梗兄は急速に傷を負っていく。一つ、二つ、三つと。しかし、あちらこちらから容赦なく攻撃が飛んでくる。私の傷もまた増えていった。
「運び屋、貴方はどこかへ行ってください。邪魔です。今死なれたら困ります」
軽く応戦していた背中に声を掛ける。
「そうしたいが、無理だ。腕のいい狙撃手がいる」
桔梗弟のことか。
「俺は戦闘は不得意だ。よろしく頼む」
運び屋の武器は銃に刃が付いた、初めて見るものだった。
「本当に言ってます?」
良さそうな武器を持っている割には動けていない。仕方なく隣に立ち、攻撃からかばう。桔梗兄もいるが、他の特犯や警官の存在も忘れてはいけない。殺すことはできているが、ドレスが鬱陶しくて仕方がない。
数で押され、状況で押され、数分も経てば劣勢だった。外れた、と思った銃弾が足を掠めている。出血が止まらない。
運び屋も不得意なのは本当らしく、弟の方に腹を撃たれていた。
それでも、二人で作り出したいくつかの死体が転がっている。相手側も、まともに動けるのは桔梗兄弟ぐらいだった。
「一回引いてもいいですか」
依頼主に尋ねた。
「丁度そう言おうと思ったところだ」
運び屋の呼吸が浅い。
「俺がバイクを出す。その隙を作れ」
「はい」
「何をこそこそしている」
桔梗兄は左腕を潰したが、まだ動いている。斬り合いが続く。
「すみません、興を削いでしまいましたか?」
「楽しいのはお前だけだ」
「楽しい仕事なんて一度もありませんでしたよ」
優勢なのはこちらだ。特犯の制服のピンバッジを切っ先に引っかけ飛ばす。そちらへ思わず意識が向いたところで、上から刀を振り下ろした。
詰んだ、一瞬で切り替わったその表情を見つつ、刃が首筋まであと少しのところで、私の身体は崩れ落ちた。
「足が…」
殆ど力が入らない。立っていられなくなってしまった。命のやりとりの状況というものは、常に一瞬で変わりゆく。
「終わりだ」
素早く立て直した桔梗兄の刀をじっと見つめるしか、できなかった。
しかし、それは私ができたこと。
「行くぞ」
の声と同時に身体は浮き上がり、バイクの後部へ乗せられた。
「助かりました」
「礼はいらん」
バイクがホールの扉の前で止まる。桔梗弟が銃を向けていた。
「兄と、政府に伝えろ。来月の定例会でまた逢おうとな」
なんとなく、運び屋の思考が理解できた。
「運び屋と殺し屋からの、伝言です。行きましょう」
「ああ」
ホテルの廊下を、血の跡と雫を残しながらバイクは走った。
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