第33話 ヒロイン達は張り(惚気)合う

【ヒロインside】


「…………えっ」


 沙紀の言葉を聞いた玲奈はボールを空振る。

 表情には明らかに動揺が現れていた。


 玲奈は晴哉と二人きりで遊びに行った事がないのに、沙紀とは……

 しかも映画を観に行ったうえに、晴哉から誘ったとのこと。

 

「へ、へぇ……それは確かに楽しそうね」

「はい、とても楽しかったです」


 沙紀にとってあの日は晴哉と友達になった感慨深い日。

 あの日の事を思い出して浮かれた沙紀は、つい口が軽くなる。


「その後、晴哉君と一緒にクレープを食べに行きました。ふふっ。とても美味しかったです」


 クレープ好きな玲奈にとって、その話は羨ましい限りだった。


「……そう。私は晴哉と映画を観たりクレープを食べに行った事がないから、本当に羨ましいわ」

「そうなんですか?」

「ええ。残念ながらね」

 

 沙紀の中に悪意や煽りが無いのは分かっている。

 ただ事実と本心を述べているだけ。

 だから……これ・・をわざわざ言う必要は無い。

 しかし沙紀と同様に、ここで引いてはいけないとなぜか女の直感が囁いたような気がしてしまった玲奈は……


「でも……晴哉からプレゼントを貰った事ならあるわ」

「えっ。プ、プレゼントですか……」


 沙紀の顔にも動揺が浮かぶ。

 家族以外の親しい人からプレゼントを貰った事がない沙紀にとって、それはとても羨ましい話だった。


「ち、ちなみに何を貰ったのですか?」

「ぬいぐるみよ」


 ぬいぐるみが好きな沙紀にとっては、やはりそれもこの上なく羨ましい話。

 それを晴哉から貰ったというのだから尚更。


「とても嬉しかったわ」

「そう……ですか。むぅ……」


 玲奈に対して嫉妬した沙紀は頬を膨らませる。

 しかし、嫉妬しているのは玲奈も同じだった。


「「……」」


 お互いに事実と本音を語り合っているだけ。

 いわば単に情報交換しているだけに過ぎないのだが、二人の間には不穏な空気が漂う。


「はい、ストップ」


 そんな二人を見かねて、先生が割って入る。

 

「二人とも、今は授業中だからこれ以上バチバチするのは勘弁してくれ」

「あら、先生。それは勘違いよ。私達はただラリーをしていただけよ」


 嘘ではない。

 確かに沙紀と玲奈はラリーをしていた。

 ……言葉のラリーを。


「ね、雛森さん?」

「はい、篠原さんの言う通りです。私達は別にバチバチなんてしていません」


 なんでこんな時だけは意気投合するんだよ、と内心ツッコミを入れる先生。

 先ほどの二人の空気は……まさに修羅場そのもの。

 正直見ていてヒヤヒヤしていたというのが先生の本音だった。

 しかし、この場はそう言う事にしておいた方がいいだろうと判断する。


「……分かった。二人がそう言うなら何も言わない。ただ、プレーを見るに二人はどうやら上級者のようだから、初心者の生徒達にアドバイスをしに行ってはくれないか?」


 二人は二つ返事で了承し、一先ずこの場は事なきを得る。

 だが実は、お互いにモヤモヤしたものがまだ心に燻っていた。

 それを解消すべく、二人はある行動を起こす決意を静かに固めるのだった。


「……それにしても意外だったな」


 先生は呟く。

 誰にでも優しく接する沙紀と、誰にでも凛と接する玲奈が、あんなに感情的になるとは思わなかったからだ。

 その理由は察しがついている。

 本人達がそれを自覚しているかは分からないが。


「しかし、あの二人が夢中になる男子ねぇ。一体どこのラブコメ主人公なのやら……まぁ、いずれにしろ既に火蓋が切られているのは確かだな」


 人知れず、更なる修羅場を予感する先生なのだった。




◇◇◇◇◇



【晴哉視点】


「は、ハクション!」


 突然、盛大なクシャミが出た。

 誰かが俺の噂でもしてるのか?


「晴哉くん、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「なら良かった。それにしてもスゴイよ! あんなに狙われたのに、最後まで一度も当たらなかったんだから!」


 優斗の言ったように、結局誰も俺に当てる事が出来なかったのだった。

 皆、心底悔しそうにしている。


「晴哉くんって運動神経がとても良いんだね。僕達のクラスには運動神経抜群な雛森さんと篠原さんもいるし、これなら来週の体育祭で良い結果を残せるね」

「そっか。もうそんな時期か……」


 優斗に言われて思い出す。


「優斗は藤宮と二人三脚に出るのか?」

「うん、その予定だよ」


 体育祭ではクラス対抗リレーの他に、何か最低一種目に出場しなければならないのだ。


 ちなみにゲームのストーリーでは優斗は二人三脚ではなく……いや、それはもういいか。

 

「楽しみだなぁ」

 

 優斗は体育祭を楽しみにしているようだが、それはその後の展開を知らないから言えるセリフだ。

 なぜなら、体育祭が終わったらすぐに彼女が……相坂が転校してくるのだから。

 

 相坂がなぜあの公園で泣いていたのかは結局分からずじまいだが、いずれにせよ優斗を巡った相坂と藤宮の修羅場が繰り広げられるのは確かだ。

 修羅場もうすぐそこまで迫っている。


「……頑張れよ、優斗」

 

 この後の・・・・展開を知らない・・・・・・・俺は、そんな的外れな事を呟く。


「うん。晴哉くんもね。そして、一緒に頑張って学年優勝を目指そうね」


 いや、体育祭の事じゃないんだが……


 その後、授業終わりに沙紀と玲奈から交互に呼び出され、なぜかこんな事を言われた。


 沙紀からは……

 

「晴哉君。今度の土曜日、私とも遊びに行きませんか? それと、勉強会の時にお話したお礼の件ですが、ぬいぐるみをプレゼントしてほしいです。……ダメ、ですか?」


 玲奈からは……


「ねぇ、晴哉。次の日曜日、私とも映画を観に行かないかしら? そしてその後、一緒にクレープを食べたいのだけれど。ダメ……かしら?」


 二人からのお誘いを二つ返事で了承し、こうして週末の予定があっという間に埋まるのだった。

 それにしても、なぜか二人がお互いに張り合っているような気がするのはどうしてだろうか……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る