第32話 ヒロイン達は語り合う

【ヒロインside】


 学園の二大美少女同士のペア。

 当然、大きな注目を集めるわけで。

 二人が向かい合う卓球台の周りでは、大勢の生徒達が見物していた。


「「……」」


 そんな中、二人は黙々とラリーを続ける。

 集中しているのだと最初は思っていた生徒達だったが、徐々に不穏な空気を感じ始める。

 今の二人からはまるで、お互いに負けられない勝負をしているかのようなオーラが漂っているからだ。


「ほら、散った散った」


 気を利かせた先生が、見物していた生徒を解散させる。


 その場を離れる直前、先生は二人を一瞥して遠い目をしながらボソッと呟いた。


「フッ、青春だな。私も若い頃はあんな風に……」


 そんな事などつゆ知らず、二人はラリーを継続する。

 言いたい事、聞きたい事は互いにあるが、両者とも自分からは切り出せず膠着状態が続いている現状。


「あっ……」


 玲奈は盛大なアウトを打ってしまった。

 ボールは壁際まで転がってしまう。


「私が取りに行くわ」

「いえ、大丈夫ですよ」

「そう……ごめんなさいね」

「気にしないでください」


 それからボールを取りに行った沙紀は、窓の外をジッと眺めたままその場を動かない。

 どうしたのかと不思議に思い、玲奈は沙紀の元へ向かう。


「どうかしたの?」

「その、晴哉君が……」


 晴哉の名前が出たので当然気になった玲奈は窓の外へ視線を向ける。

 卓球場の窓からはグラウンドが一望できる。

 グラウンドでは男子がドッジボールを行っていた。

 そして、その中心には……晴哉がいた。


 なぜか狙われている晴哉を見て、一体何をやらかしたのやらと玲奈は内心呆れる。


「ふふっ……」


 そんな玲奈とは対照的に沙紀は笑う。

 沙紀の目には、晴哉が楽しそうにしているように映っているらしい。


 先ほどまではどこか緊張した強張った沙紀の表情が、今は柔和で穏やかなものへと変わっている。

 

「ねぇ、雛森さん。聞いてもいいかしら?」


 そんな沙紀を見て力が抜けたのを感じた玲奈の口からは、言葉がスラスラと紡がれた。

 沙紀は無言で頷いて、玲奈の言葉を待つ。


「晴哉とは何がキッカケでお友達になったの?」


 告白の件があったので二人が友達になったと聞いた時、玲奈は驚いていた。

 だから、その経緯が単純に気になって尋ねたのだ。

 どんな経緯でもそれに口を出す気は一切無い。

 晴哉との関係に口を挟まれた経験があるので、そこは当然弁えている。


「私と晴哉君は……」


 別に秘密にしなくていいと晴哉から言われており、かつ玲奈が他人に言いふらさないと信頼して、沙紀は話す。


「……そう。話してくれてありがとう」


 なんだか晴哉らしいわ……それが話を聞いた玲奈の率直な感想だった。

 少し大胆だとも思うけど、そこも含めて晴哉らしい。

 なんとなくや成り行きではなく、紆余曲折を経てお互いに本音をぶつけ合った結果友達になっているのだから、二人の仲が深いのも納得だ。


 ただ……


「晴哉と雛森さんの仲が深い理由は分かったけれど、ただ距離が……ち、近すぎるんじゃないかしら?」


 いくら親しいとは言っても、カラオケでの二人の距離はあまりにも近すぎた……と言うか、ほぼゼロ距離で密着していた。

 さすがにこれには物申せずにはいられない。

  

「えっと、そうでしょうか? 私と晴哉君はいつもあのくらいの距離感ですけど」

  

 玲奈の眉がピクッと反応する。

 煽りは一切無く、沙紀は純粋に思った事を口にしている。

 それが伝わるからこそ、玲奈の心のモヤモヤが更に増す。


「っ……へ、へぇ。そう……」


 平静を装っているが、玲奈の顔は引きつっていた。

 しかし、同じ疑問を持っていたのは玲奈だけではない。


「それに、それを言うなら篠原さんの方が晴哉君との距離がち、近いと思います」


 昨日のカラオケで晴哉との距離が近かったのは玲奈も同じ。

 

「あら、そうかしら? 私と晴哉の距離感もいつもあんな感じよ」 


 ちなみに、晴哉との距離感が一番近いのはダントツで結奈である。


「そう……ですか」


 玲奈の答えを聞いて沙紀の表情が曇る。

 心なしか声に覇気がない。


「「……」」

 

 お互い煽っている気はまったく無く本心を伝えているだけだが、二人の間には先ほど同様に不穏な空気が漂い始める。

 それから二人は戻ってラリーを再開する。


「……私からも質問してもいいですか?」


 ラリーを続けながら沙紀が尋ねる。


「ええ、どうぞ」

「晴哉君は篠原さんの妹さんともとても仲が良いと聞いたのですが……」

「そうね。結奈はとても晴哉に懐いているわ」


 キスをするくらいに。


「そのキッカケをお聞きしても?」

「晴哉が結奈にプレゼントをあげたのがキッカケよ」


 私も貰ったけど、と心の中で自慢する女神様。


「それで、晴哉が私の家に来た時に結奈と一緒にゲームで遊んでくれたから懐いたの」

「篠原さんの家に来た時……」


 玲奈は晴哉が沙紀の家に行った事があるのを勉強会の時に知ったが、沙紀は今まで知らなかった。

 動揺してしまった沙紀は今日初めて空振る。


「後は、休日一緒に遊びに行ったのも影響しているかしら」

「休日一緒に遊びに……ですか」


 沙紀の異変に気づかないまま、玲奈は晴哉からぬいぐるみを貰った思い出深いあの日を想起しながら言う。


「ふふっ。とても楽しかったわ」

「……」


 玲奈の言葉を聞き、沙紀の心の中でモヤモヤとしたものが更に膨らむ。

 そしてなぜか、ここで引いてはいけない……そんな気がした。


 玲奈はただ事実と本心を語っているだけ。

 だから沙紀も……


「……そうですね。私も、晴哉君と一緒に映画を観に行った時はとても楽しかったです」

「…………えっ」


 映画?

 二人きりで?

 …………は?

 沙紀の言葉を受け、玲奈は心中穏やかでなくなるのだった。

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