第23話 起こり得るはずのなかった邂逅 ③

「て、テメェ! お、覚えてろよぉ!」


 あの後、そんなセリフを言い残して三人は去って行った。

 そこまで痛くしてないのに、三人はなぜか涙目だった。


「大丈夫か?」


 呆然としている相坂に声を掛ける。

 ハッと我に返った相坂は、少し間を置いてから言葉を返す。


「う、うん。大丈夫。あ、あのさ……助けてくれて本当にありがとう」

「気にしないでくれ。俺が自分でした事だから」


 そこでお互い無言になり、沈黙が流れる。


 相坂は何か言いたそうな顔で俺を見ている。

 一人にしてとまた言いたいけど、助けてもらった手前言えないのだろう。

 本当なら相坂の意思を尊重してあげるべきなのかもしれないが、俺は今度はそうせずすぐそこのベンチに腰を下ろした。


 俺の行動が予想外だったらしく、相坂は驚いた表情をしている。


「俺の事は無視してくれ。何も聞かないから」

「……どうして?」

「部外者の俺が無遠慮に踏み込むべきじゃないからな。それに、君もそうして欲しいって顔してるし」


 知りたくないと言えば勿論嘘になる。

 でも、関わって欲しくないプライベートな事情というのは誰しもが持っている。

 それに無理矢理関わろうとすべきではない。


「俺は事情を知らないから、君の事を慰めることも気の利いた言葉で励ましたりすることもできない。でも……君を守る事はできる」

「い、いきなり何?」

 

 相坂は動揺している。

 

「別に変な事は言ってない。あの三人が仲間を連れて戻ってくる可能性があるから、その時もさっきみたいに君を守るって言っただけだ」

「き、きみがそこまでする必要はないでしょ? 元はと言えば、私があの人達にキツくあたったのが原因なんだし」

「キッカケはそうかもしれないけど、その後の事は俺が関与している」


 違う方法で穏便に解決することができたかもしれないが、結局実力行使という方法をとってしまい余燼が燻ってしまった。

 その責任は俺にある。

 そして、彼らが戻って来る可能性がある以上、ここで俺が立ち去るのは無責任だ。

 だから……


「だから俺はその事に……そして君に責任をとらないといけない」

「っ」


 相坂の目が大きく見開いた。

 相坂は顔は僅かに赤くなっている。

 

「……き、きみすごいね。他の子も今みたいに口説いてるの?」

 

 口説いてるつもりはまったく無いんだが……

 でも、ここまで大胆な言葉を紡いだのには理由がある。


 相坂は基本的に優斗以外には興味が無い。

 だから俺の事にも興味は無いし、俺の言葉やさっきの出来事も帰ったらすぐに忘れるはずだ。

 俺が何を言っても相坂は気にも留めないし、相坂の心が優斗から移ることは無い。

 そんなある種の信頼のようなものが、俺の言動をここまで大胆にしていた。


 それが裏目に出るとも知らずに。


「いや、してないけど……」

「そっか……」


 相坂は顔を俯け、何やらボソボソと呟く。


「へぇ……じゃあ、私だけなんだ……」

「ん?」


 気のせいか……?

 今、相坂が笑ったような……


「ねぇ……きみの名前、教えてくれない?」

「えっ」


 まさか相坂がモブの名前に興味を持つなんて……どういう風の吹き回しだ?

 

 そして、この時点で気づくべきだった。

 優斗以外に興味の無い相坂に興味を持たれた事の異常さに。

 しかし、もう遅い。

 

「は、早河晴哉……」

「早河晴哉くん……ね。私は相坂美玖。よろしくね」

「こ、こちらこそよろしく」


 相坂の雰囲気が急変したので困惑を隠せない。

 さっきまでの刺々しさが影を潜めて柔らかくなっている。

 まるで……優斗と接する時のように。


「……あっ。私、そろそろ帰らないと……」


 公園に設置された時計を見た相坂が焦りだす。

 

 結局なんでここで泣いていたのかは分からずじまいだが、今の相坂を見るに立ち直ったのかもしれない。

 でも、もしそうなら一体何がキッカケなんだろうか……


「相坂、駅まで送って行くよ。もう暗くなり始めてるし、さっきの三人と途中でバッタリ遭遇するかもしれないしな」

「……晴哉くんって結構心配性だよね?」

「かもな。でも、相坂の事を心配するのは当然だ」


 なにせヒロインなのだから。

 それに仮に立ち直っていたとしてもまだ精神的には不安定なはずだし、心配するに越した事はないだろう。


「っ……」


 そしてこの時、相坂の顔が耳まで赤くなったのを俺は見逃した。


「……ねぇ、晴哉くん。一つ、聞きたい事があるんだけど……」

「なんだ?」

「晴哉くんって……彼女いるの?」

「えっ」


 予想外すぎる質問。

 そんな事聞いてどうするんだ?


 混乱して答えられない俺に、虚な目をした相坂が詰め寄る。


「ねぇ、教えてよ。それとも教えられない理由があるの? ねぇ……」

「い、いないけど……」


 相坂の圧に圧倒され、俺は素直に答えた。

 答えてしまった。


「そっか……いきなりごめんね」


 謝ってるわりには心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか……


 その後、俺達は雑談しながら歩き、やがて駅に着く。


「晴哉くん……またね・・・


 またね……ってことは、相坂はもう両親から転校の話を聞いてるのだろう。

 

またな・・・、相坂」


 相坂の姿が見えなくなってから、俺は駅を出て帰路につくのだった。


 結局、なんで相坂がここにいてあの公園で泣いてたのか、真相は謎のまま。

 

 そして、その真相を知った時には俺は既に……




「……晴哉くん、きみが言ったんだからね。だから責任・・……ちゃんととってもらうから」

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