第20話 声が聞きたいヒロイン達

沙紀『晴哉君。今から電話してもいいですか?』


 あまりにも予想外だったので度肝を抜かれる。

 ……もしかして、電話じゃなきゃ伝えられない事でもあるのか?


 オッケーだと返信すると、既読が付いてすぐに沙紀から電話が掛かってきた。


「もしもし」

『も、もしもし。私は雛森沙紀と申します。は、晴哉君でお間違いないでしょうか?』

「合ってるよ。だから少し落ち着こうな」


 どうやら沙紀はかなり緊張している様子。


『は、はい。取り乱してごめんない。私、男子に電話するのはこれが初めてでして……』

「気にしなくて大丈夫だ。それに実は俺も、女子と電話するのは初めてだったからかなり緊張してるし」

『初めて……そ、そうなんですね……』


 沙紀の声が心なしか嬉しそうなのは気のせいだろうか。


「それで沙紀、電話した理由って?」

『り、理由は……』


 沙紀は口籠るが、少し間を置いて……


『は、晴哉君の声が聞きたかったから……です』

「っ。そ、そうか……」


 あまりにもストレートすぎる理由。

 俺達って付き合いたてのカップルだっけ? と、思わず勘違いしそうになる。

 ……可愛すぎるだろ!


 少し気まずい雰囲気になりかけたので、俺から話題を振る。


「沙紀はもう晩飯は食べたのか?」

『はい。ついさっき食べ終わりまして、晴哉君との電話が終わったらお風呂に入るつもりです』


 お、お風呂……

 ついその光景を想像してしまった。

 

「沙紀。男子相手にお風呂って易々と言ったらダメだぞ」


 妄想の餌食になりかねないからな。

 ただでさえ沙紀は超絶美少女なうえ……すごい大きいのだから。


『ふふっ。大丈夫ですよ。晴哉君以外に言うつもりはありませんから』


 俺にも言わないでくれるとありがたいんだが……だって思わず想像しちゃうから。


 それから俺達は雑談に花を咲かせる。

 最初はお互い緊張していたがそれも無くなり、今は普段通りに会話できていた。

 

『晴哉君、ごめんなさい。お母さんに早くお風呂に入りなさいって言われたので、そろそろ……』

「そっか。分かった」


 名残惜しいけど仕方ない。

 それは沙紀も同じだったようだ。


『楽しい時間が過ぎるのはあっという間ですね……晴哉君。また、電話してもいいですか?』

「もちろん。今度は俺の方から電話するよ」

『ありがとうございます』

「こっちこそ楽しい時間をありがとう。沙紀と電話できてめっちゃ楽しかったし、嬉しかった」

『っ』

「沙紀?」


 沙紀の様子がおかしい。

 俺、なにか変なこと言ったかな?


「どうした?」

『い、いえその……なんだか暑いなと思いまして……』

「そうか? 夜風が気持ち良くて、むしろ涼しいと思うけどな。でも、なら尚更早くお風呂に入ってさっぱりした方がいい」

『そ、そうですね。そうします』

「じゃあ、そろそろ終わるか」

『はい。晴哉君……』


 最後に、沙紀は優しい声音で言うのだった。


『おやすみなさい』

「おやすみ、沙紀」


 通話を終えると、少し前に玲奈からこんなメッセージが届いていた。


玲奈『晴哉。今、少し時間あるかしら? 電話したいのだけれど』


まさか玲奈からも同じ事を言われるとは……


 オッケーだと、すぐさま玲奈にも返信する。

 すぐに既読が付いて玲奈から電話が来た。


「もしもし」

『もしもし。はるやおにぃちゃん。こんばんは!』

「結奈ちゃん?」

 

 聞こえてきたのは結奈ちゃんの声だった。

 

『今晩は。晴哉』

 

 どうやら玲奈もすぐそばにいるらしい。


「今晩は。結奈ちゃん、玲奈」

『突然電話してごめんなさい』

「大丈夫だ。でも、どうして?」

『その……特に深い理由は無いわ。ただ……こ、声が聞きたくなったの』

「っ」


 沙紀といい玲奈といい、理由が可愛すぎるだろ!


『はるやおにぃちゃん、いまなにしてたの?』

「ゴロゴロしてたよ。二人は何してたの?」

『夜ご飯を食べてたわ』

『とってもおいしかった。それでそのまえは、おねぇちゃんとおふろにはいってたの』


 またお風呂……

 その光景を想像しないよう全力で自制する。


「そっか。さっぱりした?」

『したっ! それとね、おねぇちゃんすごかった!』


 なぜか嫌な予感がしたが、好奇心が勝ってしまい俺は踏み込んでしまう。


「何がすごかったの?」

『えっとね、お———ん〜〜っ』

『結奈、それ以上はダメよ?』


 どうやら結奈ちゃんは玲奈に口を塞がれているようだ。


 お風呂、すごい、そして『お』から始まる玲奈に関する単語。

 それってつまり……


『晴哉? 今、何を考えているのかしら?』

「い、いや。何も考えてない」

 

 俺の嘘は玲奈にはお見通しだったらしく。


『……えっち』


 ぐうの音も出なかった。


『あ、そうだ。ゆいなね、はるやおにいちゃんにおれいがしたかったの!』


 結奈ちゃんが唐突にそんな事を言いだす。


「お礼?」

『うん。まえにぬいぐるみをとってくれたから。だからこんどあったとき、ゆいながはるやおにぃちゃんに……』


 お菓子かなにかをくれるつもりなのだろうと思っていたが、結奈ちゃんは俺と玲奈が予想もしていなかった爆弾発言をするのだった。


『キスしてあげる!』

「えっ」

『……』

 

 玲奈は何も言わない……だからこそ余計に怖い。

 少し間を置いて、ようやく玲奈が声を発する。


『ねぇ、晴哉。どういうことかしら?』


 玲奈の凍えるような冷たい声が耳朶に触れる。

 

「い、いや、俺も何がなんだか……」

『……いいわ。明日、じっくり話を聞かせてもらうから……ふふっ』

 

 ……明日ズル休みしようかな。

 そんな事を真剣に検討してしまうが、それをしたところでその場しのぎにしかならない。

 

 その後、結奈ちゃんがいつも寝ている時間になったので、今回はこれでお開きとなった。

 

『ねぇ、晴哉……お、おやすみなさい』


 玲奈はどこか緊張した声色で言う。


「おやすみ、玲奈」

『……ふふっ』


 電話が切れる直前、玲奈の嬉しそうな笑みが聞こえた。


「……ん?」


 電話を終えてベットでゴロゴロしていると、不意にスマホにメッセージが二通送られてきた。


沙紀『晴哉君。明日も会えるのを楽しみにしています』


玲奈『晴哉。明日、会えるのを楽しみにしているわ』


 ……どうしてだろう。

 同じ内容なのに……嬉しさが全然違う。


 沙紀からは明日会えることへの純粋な嬉しさと喜びを、玲奈からは明日絶対に休ませないという強い意志を、それぞれ感じたのだった。

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