舞踏者VS執着勢①
レティ・クラソン。
その生い立ちは、ごくごく普通の家庭であった。
母と父と、近くの子供達と一緒にすくすく育った可愛らしい女の子。
―――住んでいる街が襲われたのも、普通のイベント。
今時、魔獣に街や村が襲われるなど珍しくはあるものの「不幸」で片づけられてしまう。
誰を責めることもできない。誰が悪いわけではない。
土砂崩れや地震と一緒で、魔獣が現れるなど災害と似たようなものなのだ。
ただ、普通とは違ったのは―――彼女の前に『英雄』が現れたことだろう。
『もう大丈夫だ……誰かの笑顔を奪うクズは、俺が倒してやる』
その背中を、レティは見てしまった。
眩しく、逞しく、焦がれ、惚れてしまうほど輝いて見えた姿。
年頃の女の子が恋に堕ちるなど、これもまた普通のことなのかもしれない。
(あぁ……『英雄』様、超かっこいい!!!)
―――普通ではないのは、もう一つ。
レティは、異常に執着心が強かった。
同じく助けられた両親よりも、近所の子供達よりも、誰よりも。夢中になれることに対する胴欲さは目を見張るもの。
それこそ、これからの人生をかなぐり捨てて別のレールの乗っかるぐらいには。
英雄様がいるのは魔法士団。なら、私もそこに行けば会える。
でも魔法を知らない。だったら勝手に学んでしまおう。
寝る時間も惜しまず、今まで関心を向けていたものを捨て、ただただ同じ場所に行くために魔法を学んだ。
―――時に戦場へ赴いた。
強い敵はいないのかと、実践こそ最高の学ぶ場所だと。
―――時に背中を追った。
やはり、強い人の強い根拠を見た方が勉強になるから。
そうして、いつしか戦場そのものを動かしてしまった。
己の込めた
そして、レティは―――
「かつて、その腕で大陸を割った獣がいたそうな」
レティの腕が肥大化する。
一回り、二回りどころの話ではない、権化。
「そんな猛獣が振るった腕は、はてさて人の手で止められるでしょうか♪」
カルラに向かって振るわれた剛腕。
薄い膜が張られた観客席を抉るほどのパワーは的確に体を捉えようとする。
しかし、カルラは腕を振るって舞い始めた。
「
レティの立っていた足場が崩れる。
そのせいで体勢が変わった腕の軌道が逸れ、生じた突風がカルラの髪を揺らした。
「
腕はやめて、ステップを踏む。
薄い膜から巨大な津波が現れ、カルラ達ごと呑み込まんと襲い掛かった。
「チッ、女の子達だけの空間でスケスケイベントとかいらねぇでしょうに!」
レティの剛腕が華奢なものへと代わり、今度は紅蓮の翼が背中から生える。
巻き込まれないよう高く飛び、膜と津波から距離を取った―――が、
「あ?」
レティは己の足の裏に一本の糸が付着しているのに気づく。
細く、黒い糸。
それは波の中から伸びており、異様な雰囲気を醸し出していた。
そして、少し波が引いた中から顔を覗かせたカルラが獰猛に笑う。
「
舞台に立っていないはずなのに。
レティの全身から力が抜け、そのまま地面へと落下する。
(おっと)
全身の筋肉が動かせない。
しかし、全自動。すぐにレティの体が万全のものへと戻る。
「今のちょっとびっくりしたんですけどー!? え、舞台に立ってないと効果がないんじゃなかったでしたっけ!?」
「私が欠点をそのままにしておくわけないでしょ。普通に補う方法ぐらいは考えてあるわよ」
カルラの魔法のデメリットは、舞台上でしか効果が発揮されないことだ。
せっかく
しかし、自分の魔法は舞台に接しているかどうかで立っているかどうかの認識をする。
つまりは、足の裏に舞台が少しでも触れていれば、立っているという認識がされるのだ。
「……まぁ、いいですけど」
レティは翼を生み出し、強引に横へ薙ぐ。
ゆっくりにステップを踏んだカルラの横に壁ができ、燃え上がった炎が行く手を阻んだ。
「でも、決め手に欠けてる時点で意味ねぇんですよ!」
ゆっくりと、レティの体が消えていく。
華奢な少女の体などどこにもなく、腕や足、体までが三メートルは優に超える巨体へと。
薄桃色と漆黒が入り混ざった体毛。口から飛び出た咆哮。
四足歩行で立っているだけだというのに、足がすくんでしまうような威圧感がある。
「あなたと私の相性は昔から最悪でしたよねッ! 私は死なない! 一撃で殺さない限り! あなたの必殺は少し時間がかかる! その時点で、私を殺し切ることなんてできねぇんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
そう、カルラの必殺にはラグがある。
相手の心臓を止め、死に至らせるが、即殺ではない。
だからこそ、レティの言う通り決め手にかける。
その時点で、一撃の威力が明らかに上なレティの方が優勢———
「確かにそうね……でも、よ」
カルラは笑う。
こう、宣言して。
「私、あなたの願望分かったんだけど?」
───その瞬間、レティの右半身が抉られ吹き飛んだ。
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