英雄VS悪党①
もう、自分の願望は叶えられない。
こんなことのために使う魔法ではなかった。
でも、こんなことがあるから───ヴェントは、こんな時に使用する。
「僕の魔法は点と線」
瞬きの間に、ヴェントの体が消える。
そして、クロの右側面へといつの間にか姿を現し、徐に両手を腕に添えた。
すると───
「兄様!?」
クロの腕ごと、ヴェントの体がまたしても消える。
「…………」
「顔色一つ変えない、か」
ヴェントは再び元に位置に戻り、クロの腕を回して遊ぶ。
アイリスの声を無視して、その姿を見て、クロは言葉通り顔色一つ変えない。
「まぁ、こんな土の塊をもぎ取ったところで、本当に驚くに値しないんだろうけど」
握り潰す。
出てきたのは血ではなく……少しだけ固まった土の塊。
───土人形。
つまり、クロの本体はそもそもこの場には現れていない。
「……まったく、どこから想定されていたことやら」
ヴェントは徐に空いた穴を見上げる。
そこから、一人の青年が真っ逆さまに降りてきた。
「せっかくの
「手の内も分からねぇ野郎の前に無策で突っ込むわけねぇだろうが」
───相手は初見。
ただし、向こうは自分の情報をある程度掴んでいるかもしれない。
だからこそ、考えろ。
(少ない情報で……)
すべてを想定する。
それこそが、魔法士だ。
頭上から降りたクロは腕を横に振るう。
腕のリーチでは相手に届かない距離。しかし、伸びているのは砂鉄の塊。
ヴェントは姿を消し、改めてクロの背後へと現れて腕を添え───
「ッ!?」
───ようとした手が反射的に跳ねた。
手にはやすりにでも擦られたようなボロボロになった皮膚が見て取れる。
「……なるほど、砂鉄に微細な振動させて触れられないようにしたのか」
「正解」
クロはそのまま驚くヴェントへと拳を叩きつける。
間には防御が間に合ったヴェントの腕が入ったが、砂鉄のヤスリが服諸共血を滲ませた。
「正解か不正解かはまだ判断材料が足りないが……」
クロは砂鉄を纏わせた体のまま、一歩を踏み出す。
「瞬間移動の類いか? 恐らく、移動する際に座標を移すことで物体の位置を変えている」
───読みは正しい。
点。ヴェントの魔法は空間を座標として定義し、それぞれの点を移動させることで場所の移動を可能としている。
本人からしてみれば、ただ図面上の点をスライドさせただけ。しかし、他者からしてみればまるで消えたかのように映る。
「自分が点として機能しているのであれば、他を移動させる際には点を新たに増やさないといけない。きっと、目視だけでは無理なんだろう……何かしらの制約があるはず」
「その制約は?」
「触れること、もしくは重量の制限か? そうじゃなかったら、背後に回って触れなくても目視で必殺を叩き込めばよかったんだ」
「……正解」
ヴェントの姿が消える。
背後に……消えたわけではない。再び元の位置に戻ってくると、手にはいつの間にか小さなナイフが握られていた。
「なるほど、僕は見誤っていたわけだ。君の強さは決して魔法の強弱ってわけじゃない」
ゆっくりと、ヴェントはしゃがんで下の石を掴み取る。
「洞察力、これに尽きるね」
消える。姿が。
どこに現れる? そうクロの意識が傾いた瞬間、視界の端に何かを捉えた。
反射的に放ってしまった裏拳。
捉えたのは、ヴェントが握っていた小さな石ころ。
「せっかく今度は堂々とやって来たんだ」
少し遅れて正面に現れたヴェント。
───カモフラージュ。
ラグこそ発生したものの、捉えられない相手と相対した際に生じる意識の隙を突いた攻撃。
ヴェントのナイフはクロの瞳を捉えるために振るわれたが、寸前で顔を逸らされる。
しかし、遅れた分の被害が頬に伝い……一筋の赤い液体が流れ落ちた。
「……今度は本物みたいだね」
「お前がやって来いって言ったからな」
クロは咄嗟にヴェントの腕を掴むが、ヴェントは再び移動して距離を取った。
頬に走る赤い液体を拭い、ヴェント見据えて思った。
(厄介だな……)
───見た目派手さはない。
どこか被害を気にしているようにも見受けられるが、そういったレベルの話ではない。
点での移動がある限り、クロが直接的に相手の体を拘束することはできないだろう。
勝利を考えるのであれば、一撃で再起不能にして戦闘不能にすること。
部位の損傷は砂鉄を纏うことでカバーできた。
(それだけなら容易)
一撃で再起不能にするなど、戦場を動かすクロであれば簡単な話だ。
───地鳴りがどこからともなく響き渡るこれから何が起こるのか? ヴェントやアイリスでさえ、分からない猛威の予兆が聞こえてくる。
しかし───
「言ったでしょ、僕の魔法は点と線」
その前に、ヴェントが珍しく声を張り上げた。
「頭を下げろ、アイリス・ブライゼルッ!!!」
よく分からなかった。
何故、ヴェントがアイリスに向かって言ったのか? 何故、自分に向かって注意をしたのか?
だが、脳内に響いた警報が咄嗟にアイリスと……コンマ数秒遅れてクロの頭を下げさせる。
すると
「……は?」
ゴトッ、と。
落ちた。
鉄格子や瓦礫。そして、クロの腕ですら。
「線は点の直線上」
真っ赤な液体の飛沫が地下にでき上がる中、ヴェントは手を振って笑った。
「コンマ数ミリとはいえ、途中で線がなくなれば繋がっていたものは切れるよね」
「……えっ、兄様?」
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