可愛い生徒と妹のために

 舞踏者と執着勢。

 第八席と第九席。

 その二人が、誰もいなくなった燃え上がる訓練場の観客席で出会う。


 そして———


「じゃあ、徹底的に躾してあげるわ」


 ―――


「はっ! 感動の再会でいきなり暴力なんて、一体私が何をしたっていうんですかねぇ!?」


 逃げ場はない。

 何せ、今のカルラの舞台はクロとの戦闘で見せた規模の比ではない。

 効力最大限。1kmを優に超える黒い舞台が、レティの足元に広がる。


「……あの子達がいなくなって、死んだと思っていたあなたが生きていて、何故かアカデミーの所有するこの島にいる」


 カルラはゆっくりと舞台の上を歩く。


「これで関連性がないって理由を探す方が難しいとは思わない?」

「あはっ! そうですねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 否定はしない、肯定をしてみせる。

 狂気のような笑みを浮かべたレティは、目に追えないほどの速さでカルラへ肉薄していく。

 しかし、それよりも早く……カルラのステップが踏まれた。


アン


 レティとカルラの間に、一枚の壁が立ち塞がった。


「おっとっとっ!?」


 激しい轟音が鳴り響く。

 ただ急ブレーキが効かなかった人間がぶつかっただけ。

 それだけでこの音———どれほどの速さと重さがあったのかが窺えてしまう。

 だが、その程度でいちいち驚いているようでは、第八席になど座れない。


ドゥ


 黒く染まった槍が、隔てられた壁から出現する。

 そして———


ロワ


 踏まれた。

 カルラの必殺である三つ目のステップが。

 どさりと、壁越しに何かが倒れるような音が聞こえてきた。

 カルラは壁を消し、地面に倒れ込んでいるレティを見下ろす。


 度々言うが、必殺。

 全身の筋肉の機能を停止させ、行動どころか呼吸まで封じる。

 手を抜いてさえいなければ、踏めば勝ちの黄金式。

 だが、カルラは警戒心を解くことなく手元から漆黒の剣を生み出して振り下ろした。


「今更寝たふりなんかしないでくれる?」

「あはっ☆」


 レティが身を捻り、漆黒の剣を躱し距離を取る。

 動けないはずなのに、動けた。

 カルラは眉を顰めることなく指を何度か曲げて、ステップと類似の舞踏を見せる。

 すると、虚空に生まれた漆黒の剣の一つが、レティの腕を根こそぎ奪っていった。


「いったーい! 何すんですか、後輩に対してのパワハラってやつですか!?」


 ぷんすかと、頬を膨らませるレティ。

 しっかりと、何故か、ままの、可愛らしい姿。

 それを見て、カルラは大きく溜め息をついた。


「はぁ……ほんっと、あなたの魔法は面倒臭いわね」

「それ、セリフが英雄様と被ってません?」

「何で知ってんのよ」


 ―――執着勢、レティ・クラソン。

 単身で戦場を動かせるほどの力を持ったレティの魔法は『情報の書き換え』だ。

 己の肉体……髪の毛や骨、臓器血液すべてを数値化し、保存。書き換えることによって己の肉体を変形させることができる。

 欠損が生まれた際に、既存の数値へ自動オートで戻す。

 つまりは、己の体が傷ついたとしても万全の五体満足へと戻ることができるのだ。


(こいつの対処法は本当に明確)


 一瞬で殺すか、意識を奪うか。

 首を折ったり、筋肉を動かせない状況に持ち込むのはダメ。少しでも息があった場合は、自動がレティを万全へと変える。


(正直、私の魔法とは少し相性が悪いのよね……)


 とはいえ、戦わないわけにはいかない。

 カルラは肩に剣を担ぎ、真っ直ぐにレティを見据えた。


「んで、私の妹はどこに行ったの?」

「へ? 妹さんって誰です?」


 素で首を傾げるレティ。

 しかし、すぐさま腕を組んで頭を悩ませ始めた。


「あれ、そういえばさっき戦った雑兵ザコの一人が、あなたに似ていたような……? いやー、私ってほらなんで、すぐに忘れっぽくなっちゃうんですよねー」

「…………」

「あっ、でもお義姉様は覚えてますよ! 英雄様の妹さんですし、最近戦った中ではヴェントさんの次ぐらいに強かったですから!」


 けど、と。

 レティは愉快そうに口角を吊り上げた。


「ぼっこぼこにしちゃいましたけどね! 演出終わってちゃっちゃと終わらしたかったですし、運が悪かったら今頃死んでるかも? まぁ、私には興味のねぇ話です!」


 本当に興味がないというのは、今の態度でよく分かる。

 元よりそこまで関わりはなかったが、彼女の異常さは席順が近いこともあり理解していた。


 ───執着対象以外の、圧倒的無関心。


 恐らく、今の話は事実。

 彼女が今回の一件に関わっているのは明白。

 きっと、今の状況は引き起こしたもの。


「確かに、私もアイリスはあんまり好きじゃないわ」


 すぐ嫉妬してくるし、冷たい目で見てくるし、何より『一つに対しての強敵』だから。

 でも―――


「あの子も、私の生徒だから」


 一歩、踏み締め。

 剣を握り締める。


「可愛い妹と可愛い生徒が待ってんのよ、居場所を吐くまでぶん殴ってあげる」

「倒せますかねぇ? まぁ、殴れるもんだったら殴ってみやがれって話ですが!」


 そして、可愛い生徒達のために舞踏者が異常者との相対が始まった。

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