やって来たのは

 昔、王国で一つ世間を騒がした事件があった。

 王国が東西の国で戦争している最中、街が一つ丸々宗教集団によって堕とされた事件だ。

 神はいるのだと、死こそが救いなのだと。

 そんな頭のネジが飛んだ思想を掲げて占拠した宗教集団は、皆タガが外れていたというのを当時巻き込まれた人間は語る。


 一人一人、子供達を呼び出しては子供達の目の前で殺す。


 大人は全員監禁され、子供達のみが日の下に晒されて無惨な死を遂げた。

 ただし、領主を含めた当事者は例外であり。

 子供達が殺される前に、すでに領地を守っていた騎士達と一緒に殺されている。

 つまり、守る者も助けを報せてくれる者もいない状況。

 子供達は日に一人殺され……それがようやく掃討された。


 流石に街一つが堕とされたのだ。

 誰かが……国がそれに気が付かないわけがない。

 いくら戦争中といっても、誰かしらは駆けつけてくれるはず。

 しかし、蓋を開けてみれば百日も続いてしまった。


 何故? そんなの―――


「……殺すよ」


 青年は立ち上がり、真っ直ぐにアイリスを見つめる。


「本当にちっぽけで、些細なことかもしれない。それでもやりきれなくて……ようやく決心がついて、僕はここにいる」

「…………」

「知っているかい? 遅れた理由は、宗教集団の中に当時の宰相が混ざっていたからなんだって」


 いきなりなんの話をしているのだろう?

 しかし、アイリスは『宗教集団』というワードを聞いてすぐに答えへと至る。


「もしかして……」

「そう、僕はあの街の子供だった」


 遠い目を浮かべ、ヴェントは小さく息を吐く。


「目の前でどんどん友達が殺されていくんだ。好きだった子も、昨日一緒に遊んだ子も、皆見せつけるようにして殺された」

「それは……」

「もう少し早く駆けつけてくれば、まだ少なかった。宰相が惨事に関わっていたとなれば国の威信に関わるからと、攻めあぐねていた国の人間がさっさと首を縦に振っていれば、あの子達は殺されなかった」


 忽然と、ヴェントの姿が消える。

 どこに? アイリスが周囲を見渡すと、唐突に肩へ手が置かれた。


「は?」

「流石にには、悪党は倒せないよ」


 振り返り様。

 アイリスが振り返った瞬間に、顎へ綺麗に拳が突き刺さった。


「ッ!?」


 揺れる視界、揺さぶられた脳。

 やはり女の子と男の子、大人と子供。いくら自分が身体能力フィジカルに自信があるからといって、綺麗に撃ち込まれた急所に耐えられない。

 足元がふらつき、アイリスは思わずその場に崩れ落ちてしまった。


(い、ま……何が!?)


 ここは鉄格子の中だ。

 容易に突き破れるものではないだろうし、突き破ったとしたら痕跡も時間もあったはず。

 しかし、ただ瞬きする間に。ヴェントは鉄格子の中から自分の背後へと回っていた。

 これは―――


「ま、魔法……」

「便利でしょ?」


 崩れ落ちるアイリスをそっと寝かせ、ヴェントは顔を覗かせる。


「自分で言うのもなんだけど、僕の魔法はそこら辺の魔法士とは違う。なんていったって願望が入っているからね、そもそも把握している常識から外れている」


 つまりは、クロやカルラと同じ領域にいる。

 その高みへと辿り着き、己の願望を叶えるために魔法を構築した。

 間違いなく、この魔法を編み出した瞬間———実力を有している。

 そんな人間が―――


「悪事に、手を染めやがって……ッ!」

「口調が変わってるよ」


 体に力を入れようとしているのに、力が入らない。

 しっかりと顎に当たると、これほど無力になってしまうのかと、アイリスは初めての事態に悔しさが滲む。

 その間に、ヴェントはゆっくりとアイリスから離れていった。


「まだ殺しはしない。しね」


 だからゆっくり休むといい。

 そう言い残して、ヴェントはまたしても忽然と姿を消して牢屋の反対側に現れた。


(な、なにを待っているのかは知りませんが……)


 アイリスはゆっくりと体を起こし、顔を上げる。


「私が、殺されるとは思いません」

「根拠は?」

「あなたに一つと、彼に一つ」


 彼? ヴェントは思わず第三者のワードに首を傾げてしまう。

 しかし、アイリスは疑問を解消させるわけでもなく……ただただ、震える口を開いた。


「昔から、彼は私のことを慮ってくださいます。何をしても徹底的に拒んだりしません、嫌々と言っておきながら自分で手を差し伸べてくれるんです」


 だからこそ自分は救われ、こうして生きている。

 あの日、あの時。彼が現れなければ、今の自分はいなかった。

 彼が駆けつけてくれたから―――自分は信じられるようになった。


「来ますよ」

「誰が?」

「そんなの、決まっているじゃないですか―――」


 そう口にした瞬間、ふとヴェントのいる空間の天井が揺れた気がした。


 そして、それはすぐに訪れる。


、私の兄様ヒーローですよ」


 ズンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!! と。

 天井が一気に崩れ落ちた。

 すると―――



「おい、うちの生徒に手を出してんじゃねぇよ、雑兵ざこが」



 その中から、姿を見せる。

 誰かのために拳を握り続けてきた、英雄ヒーローが。

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