地下

 徐々に意識が戻っていく。

 ゆっくりと開いた瞼からは、ぼやけた薄暗い景色が見えた。

 感触も次第にハッキリとしていく。両手両足首につけられた硬い冷たい何か。

 それが枷で、今ここにいるのがどこかしらの地下だというのに気が付いたのは、意識が戻ってから数秒のことだった。


(こ、ここは……?)


 アイリスは体の節々から感じる痛みに堪えながら、辺りを見渡した。

 分厚い鉄格子。己の横にはミナがぐったりと横たわっており、

 ミナだけではない。広々とした牢屋の中にはざっと百人ほどの子供達の姿があり、ミナ同様毛布をかけられて横たわっていた。

 息があるというのは、微かに聞こえる息遣いで分かる。

 それより、問題は―――


「……凄いな、君は」


 薄暗い鉄格子の先から人影が現れる。

 その男はアイリスを見て、少し驚いたような顔をしていた。


「彼女と戦ってこんなに早く目覚めるなんて。やっぱり、連れてくる人材を間違えたかな?」

「随分と呑気に会話をしてくださるのですね」


 アイリスはヴェントをきつく睨み、一つ舌打ちを見せる。


「本当は紅茶と椅子をご用意した方が、ご令嬢さんとの会話にもっと花が咲くんだろうけど……ごめんね、君は流石に枷をつけさせてもらったよ。痛いところはないかい?」


 ヴェントの言葉に、アイリスは思わず眉を動かしてしまう。

 何せ―――


(随分と優しい対応……)


 誘拐した、拉致したとなれば、攫われた者の扱いなどぞんざいなもののはず。

 確かに売り捌こうとしている商品に傷がつかないように、身代金を要求する前に死なれたら困らないように、なんて理由も考えられる。

 しかし、目の前の男から感じるのは……

 とても百人ほどを誘拐してきた人間とは思えない態度だった。


(……千切れない、ことはないですね)


 軽く引っ張ってみて感触を確かめる。

 この程度の枷であれば、根元の鎖諸共引き千切ることは可能なのだが、下手に動いて目の前の男の機嫌は損ねたくない。

 何せ、相手はあの第九席バケモノと行動を共にしてきた人間なのだ。

 己がやることは、できる限り時間を稼ぐこと。

 そうすれば―――


「目的を、聞いてもよろしいのでしょうか?」


 アイリスは額に汗を滲ませながら口を開く。

 すると、ヴェントはその場に腰を下ろしてアイリスへ視線を向けた。


「言うと思う?」

「言ってくれた方が、会話に花が咲くと思いますよ」

「ははっ! それを言われたら断れないね!」


 ヴェントが地下内に響き渡るような笑いを見せる。


「まず、場所から話そうか……ここは島の地下を勝手に場所だ」

「くり、抜いた?」

「大変だったけどね。彼女が手伝ってくれないって話だったら、こんな場所は絶対に選ばなかった。最も、そもそも彼女のせいでここに来てしまったところはあるんだけどね」


 島の地下。

 もちろん、このアカデミーが所有する場所に地下なんてない。

 もしあるとすれば、アカデミー側がそれを把握していないわけなどないため、必然的にヴェントの言葉通り「作った」ものなのだと分かる。

 確かに、ここならアカデミーの所有する島に百人ほどが追加でいたとしても、誰も気が付かないだろう。


「彼女は英雄に執着している。曰く、中々会えず、正体不明の英雄と出会って自分だけを見てほしい……それだけみたいだ」

「……イカれてますね。除草剤を撒いたとしても、頭に咲いたお花が取れそうにないのですが」

「僕だって初めに出会った時は驚いたよ……僕を捕まえるために来たはずの魔法士団が、まさか寝返りを提案するなんて。君の言う通り、もうあれは誰かがどうこうできる性格じゃないと思う」


 だからこそ、王国最強の魔法士集団に加入することができたのだろう。

 褒めるべきか、凄いと言うべきか、それとも怒ってしまうか。

 いずれにせよ、その執着心が悪者に回らせてしまった。

 気持ちが分かるようで分からない。同じ人間を好いている者として、アイリスは思わずため息をついてしまった。


「まぁ、安心してよ。彼女はハズレを引かない限りはここには来ない。仮に引いてしまったとしても、白馬の王子様と話すのに忙しくて君達に危害を加えることはないだろう」


 にっこりと、ヴェントは笑う。

 しかし、アイリスはその笑みに騙されることはない。


「あなたはどうなのですか?」

「ん?」

「レティ様が危害を加えなかったとしても、あなたがどうするかによって胸を撫で下ろすのか決まると思いますが?」


 ぱちくりと、真っ直ぐ言い放つアイリスを見て少し呆ける。

 誘拐犯に向かって堂々とした態度。とでも言わんばかりに、様子を探ってくる。

 肝っ玉が据わっている……というより、ただただ優しく、責任感が強いのだろう。

 この場にいる者達を守る、そんな責任が。


「……僕はね、復讐したいんだ」


 ヴェントは少しだけ頬を掻き、口にする。

 その時に見せた顔は、どこか苦しそうに見えた。



「だから殺すよ、この場にいる者全員を」



 そう口にした瞬間、洞窟内に金属音が響き渡る。

 それはアイリスが、無理矢理枷を引き千切った音であった。

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