各々の目的
その場に崩れ落ちるミナの体。
王女に対してしていい行為ではない……なんて常識を指摘されることはなかった。
この場にはそういう行為を気にする人間などいないし、そもそも誰であろうがどうでもよかった人種の人間しかいない。
「随分と強かったね、その子」
手刀を落とした男がアイリスに視線を向ける。
「んー、どうなんでしょう? ちょっと本気出したらこれですし、よく分からないです……えーっと、ヴェントさん?」
「僕の名前、合ってるよ……いい加減名前ぐらい自信持って言ってほしいものだ」
「あはっ! 私、興味がないことにはとことん興味のない一途な女の子なので♪」
レティは物を投げ捨てるかのようにアイリスの体を男───ヴェントの目の前に転がした。
ヴェントは「大事に扱ってよね……」とため息をついてアイリスの体に触れる。
すると、二人の体が忽然と消えた。どこに? なんて疑問は抱かない。
次に瞬きをした瞬間、再びヴェントの体はそこにあるのだから。
「相変わらず便利な魔法ですね」
「まぁ、そういう風に創ったからね。僕からしてみれば、君のも充分に便利で羨ましいと思うけど」
「結局、隣の芝生は青いってやつですか」
自分にないものは輝いて見える。
そこまで盲目的に「ほしい」とは思わないが、あったらいいなーぐらいにはレティもヴェントの魔法がほしかった。
「んで、これでお望みの基準は満たしたってことでいいんですよね?」
地面に転がるミナを見て、レティが口にする。
「うん、まぁね。これで僕の目的も叶いそうだよ。もっとも、これから先に何もなければ……って話になるけど」
「あはっ! それはねぇですね!」
レティは瞳を輝かせ、薄暗い月夜を見上げた。
「英雄様はやって来る! あれは性格とか運とかそういう類いじゃないんですよ! もう物語の主人公のような、因果みたいなものです! 誰かの笑顔が生まれる過程に必ず存在する要因的な感じの人なんですよ!」
「……妄信的だね」
「妄信的にもなるでしょう。あなたは救われたことがないからそんなことが言えるんですよ!」
彼がどんな人で、どんな人間なのか。
噂では分からない。実際に会ってみないと、接してみないと本質を垣間見ることはできない。
「そう思っているんだったら、こんな場所に設定しなくてもっと離れた場所で行うんだったよ。君に謀られる前に、拠点をしっかり構築しておくんだった」
「どうせ私がどうこうしてもやって来てましたよー、だ。だったら、上手いこと私を使った方がいいでしょ?」
「その話を信じるんだったら、そうなのかもしれないね」
ヴェントは肩を竦め、ミナに手を当てる。
「君はどうする? 二度手間になるけど、あそこまで連れて行ってあげるよ?」
「いいえ、結構です! 私がどうしてここまで派手な演出をしたと思ってるんですか!?」
チラリと周囲を見渡す。
観客席は火が燃え広がり、薄暗い月夜の下に確かな灯りを見せている。
───見つけてほしいから。
自分はここにいて、何か起こって起こしたのだと気づいてもらうために。
宿泊している施設まではかなり距離がある。音が聞こえていなかったとしても、これだけ派手な演出を見せれば捜しに来るであろう人間は見つけてくれるはず。
「……君の執着心には本当に脱帽だよ。そうまでして、彼に会いたいのか」
「いいえ、別に会いたいわけじゃねぇんですよ」
レティの言葉に、ヴェントは首を傾げる。
しかし、レティはヴェントの疑問など無視して熱っぽい言葉を口にした。
「私は見てほしいんです。誰に目移りすることなく、私だけを。そのためだったら悪党にもなりますし、彼の敵にもなっていい。なんだったらこの戦いで死んでもいい……ほら、戦っている間は私だけ見てくれるでしょう?」
「……狂人め」
「あはっ☆ お好きにどうぞ! まぁ、今回は余計なオプションもあるわけですし、やって来る確率は二分の一ってところですね」
そっか、と。
ヴェントは最近できたパートナーを見て口元を緩める。
「っていうわけですので、お先に行っててください。ハズレを引いたとしても、途中で駆けつけますよ。英雄様以外に殺されるつもりも負けるつもりもねぇですから」
「ははっ! 頼もしい相方だ」
そろそろお暇しよう。
ヴェントはミナの体に触れたまま魔法を発動し───
「あ、そういえば」
レティが何かを思い出したかのように口を開く。
「結局、あなたの目的って聞いてなかったですね。最後なんですから、教えてくれてもいいんじゃねぇですか?」
「んー……まぁ、そうだね。どうせ君とはもう戦うことはないだろうし、僕の目的ぐらいは言っておこうか」
ヴェントはミナの小さな体を見つめる。
レティに視線を合わせることもなく、何気なしに。
「復讐だよ……誰かにとってはちっぽけな、ね」
そう言い残し、ヴェントとミナの体は忽然と消えた。
誰もいなくなった観客席。
レティは背伸びを一つ見せ、徐に踵を返した。
(同情する気もねぇですが……あいつはあいつなりに色々とあるんですね)
まぁ、興味ないですけど、と。
そのまま足を進めて火の手の少ない場所へ向かおうとする。
しかし、その途中───ピタリと足が止まった。
「チッ……ハズレを引きましたか」
そして───レティの背後から一人の女性が降ってきた。
「あなた、生きてたのね」
その女性は求める人間ではなかった。
だが、レティの顔は何故か……歪んだように笑っていた。
「執拗に執着♪ さてさて、害虫駆除のお時間です♪」
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