狂人
「まぁー、こんなもんってやつですよ」
レティは月明かりを見上げながら独り言のように呟く。
「才能努力、色々要因はあるかもしれないですけど、結局気持ちの持ちようなところはあると思うんです」
ニヤリと口角を吊り上げ、レティは拳を振り下ろした。
すると、横から飛んで来た土の槍が粉々に砕かれ地面に落ちる。
「これもダメ……ッ!」
「ダメダメ、まだまだあっまぁ~い♪」
手のひらを向けるミナが悔しそうに呟く。
すると、今度はレティの背後から一つの人影が割り込んできた。
その人影は容赦もなく拳を振るうが、すぐさま振り返ったレティが合わせるように拳を振るう。
「ッ!?」
「残念!」
圧し負けたのはアイリス。
吹き飛ばされ、客席を薙ぎ倒しながら転がっていく。
(な、なんて力……ッ!)
体躯は自分と同じぐらい。
しかし、あれほどのパワーを持っているアイリスとの力比べて圧倒している。
―――戦闘が始まって十数分。
今、間違いなくこの場を支配しているのは―――
「執着が足りない足りない! あなた達の本気は、気持ちが足りねえんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
腕が肥大化する。
一回りも、二回りも。獣のような毛に覆われ、華奢な体に異様な違和感を与えてきた。
それが、ミナへと向けられる。
ただ一回の跳躍で、ミナとの間合いを詰めてきた。
「は、速……ッ!?」
「速いですかね?」
振り抜かれんとされる腕。
レティは驚くミナを見て獰猛に笑う。
「まぁ、
しかし、またしても人影がレティの背後に現れる。
アイリスは腕を頭と顎に添え、躊躇なく折り曲げた。
「アイリス様!?」
「遠慮などしていられないでしょうに」
口元から血を流し、ボロボロになった体のまま折れ曲がったレティの首を見る。
「それに、このままで終わるような人間が第九席に座っているとは思えません」
「あはっ! お義姉様、正解♪」
レティの背中から真っ赤に燃え上がった翼が生える。
アイリスはミナを抱き抱え、その場から咄嗟に距離を取った。
鋭い、狂気に似たような眼光が二人へ注がれる。
ここからでも届く確かな熱。それだけではない……二回りも大きかった獣の腕がいつの間にか消えており、折れ曲がった首が元通りに治っていた。
いや、治っていた―――という表現は些か違うのかもしれない。
どちらかというと、まるでなかったことにされたかのような感覚———
「うーん……茶番はごれぐらいにした方がいいですかね?」
翼を一振り。
すると、ミナ達の背後にあった客席が真っ赤に燃えた。
「二対一、歳は私の方が下。っていう状況でも何一つとして好転していない状況……冷静に考えて、ここから事態が動く兆しってあるんですかね? 勝てる想定が見えたのなら付き合いますが」
「さぁ、どうでしょう? 実際のところ、あるのかもしれませんよ?」
「あはっ! それなら見てみたいものですね! といっても、関心はまったくありませんが♪」
肌を焼くような熱の中心で、レティは愉快に笑う。
狂人。そんな言葉が似合いそうな少女に、ミナは思わず一歩後ろに下がってしまった。
その時———
「(ミナさん、今すぐにお逃げください)」
アイリスが小さな声で口にする。
「(きっと、私達がどのような攻撃をしようが、恐らくは彼女に届かないでしょう)」
「(そしたら、アイリス様は!?)」
「(どうせ二人で戦ったところで、茶番が継続するか、向こうが本気を出して終わりです。であれば、兄様か業腹ですがカルラ様を呼んできてもらった方が賢明だと思われます)」
要するに、時間稼ぎをするから逃げて助けを呼べ。
ミナは前を向くアイリスを見て、思わず息を呑んでしまった。
アカデミー最強。クロには負けてしまったものの、正直他の人間とは比べ物にならないと思っていた。
そんな人間の言葉。信じられないと、言ってしまいたかった。
だが、現実はそう甘いものではない。
「はぁ……地味に損な役回りです。これで死んでしまったら、兄様に申し訳ないですね」
アイリスはミナが何を言う間もなく真っ直ぐ突貫した。
目で追えないはずの速さ。しかし、直後に肌を焼くような熱が一気に広がった。
ミナは己の無力さに悔しさを感じて唇を噛み締め、この場から離れようと踵を返そうと、
「まぁ、もう少しぐらいは茶番に付き合ってくれてもいいんじゃないかな?」
した瞬間、ミナの横から新しい声が聞こえた。
「ッ!?」
おかしい。
最大限警戒していたはずなのに。
何故、どうして? なんで、人の姿がそこにある?
間違いなく、先程までここには誰もいなかったというのに―――
「今ここで誰かを呼ばれるのは、少々面倒くさいんだよね。もし誰か来るとしても、できたらもう少しあとにしてくれた方が嬉しいかな」
どこにでもいそうな青年。
ラフなパンツにシャツが一枚といった、街中にいても違和感がないほどの格好。
特別な何かがあるようには思えない。
ただ、少しでも動けば己の身に何が起こるか分からない……そう思ってしまうほど、信じられない登場であった。
「それに」
チラリと、青年は横を向く。
真っ赤に燃え上がる火の手。そこから姿を現したのは、力なく動かないアイリスを引き摺っているレティの姿で―――
「早かったね、もう少し遊ぶと思っていたんだけど」
「いやいや、あんまり興味ないんで。気まぐれ気分がなくなったら、さっさと終わらせるに限るでしょうに♪」
ミナは震える体を抑えようと必死だった。
さぁ、この化け物二人を前にして、どうする?
しかし、何かを考える間もなく———ミナの意識は途絶えた。
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