ファン

「そういえば先生、ふと思ったのですが」


 ポーン、と。

 高らかにビーチ用のボールが上がる。

 声をかけたミナの姿はネット越しにあり、同じコートの中には途中で参加した一年生の姿もあった。


「先生とカルラお姉様以外の魔法士団の人とはお会いなどしたことはあるのでしょうか?」

「唐突だな」


 スイカ割りが一瞬で終わり、続いてビーチバレー。

 申し訳なくなったクロが「次は何をやりたいんだ!?」と言った結果、ミナの要望で一年生全員と交流するような形である。

 一方で、アイリスとカルラは『如何にどっちが美しい城を作れるか』と、少し離れた場所で砂のお城を作って遊んでいた。

 どうやら言い争いが発展し、武力勝負だと流石にマズいとのことで平和的な勝負になったのだ。


「いえ、先生は今まで正体を隠してきていたわけですし、全員と交流があるのか不思議だったんです」


 今でこそ隠す気があまり見受けられないが、少し前までは自堕落な生活を守るために正体を隠して行動していた。

 それは身内であるアイリスも同様。

 だからこそ、他の人にも隠していたのか? 会ったことはあるのか? とミナは気になった。


「んー……全員とは会ったことがないな」


 ボールがコートに入ったので、普通に味方の生徒に上げる。


『え、じゃあ誰と会ったことがあるんですか!?』

「カルラは会ったことがあるとして、ババア……第三席の学園長と、第二席、第六席かな? 元より、各地を飛んでいる人間が多いから隠す隠さない以前によっぽど仲良くないと顔を合わせないんだよ」


 王国最大の魔法士団は任務がひっきりなしだ。

 戦場を動かせるほどの最高戦力。戦争やら災害、未解決事件など、国内すべての対処できない案件が回ってくる。

 そのため、一点に集うことが少なく、偶然顔を合わせるぐらいにしか機会がない。


「あとは第九席だけど」

「だけど?」

「いやー、あいつ苦手で極力会いたくはなかったなぁ」


 苦笑いを浮かべると、ミナは不思議そうに首を傾げた。


「苦手、ですか……第九席様はかなり性格がキツいお方なのですか?」


 質問を投げるのも無理はない。

 王国魔法士団はクロ以外素性を隠してはいないとはいえ、滅多に会わないからこそ情報が出回ることはない。

 それこそ、王国魔法士団のマントを見て「あの人ってまさか!?」となることが多いのだ。

 この場にいる魔法を学ぶ生徒誰もが憧れる存在。

 気になって手を止め、全員が好奇心に満ちた眼差しを向ける。


「キツい……というか、が強い」

「推し?」

「……あんまり自分で言うのもなんだが、俺のファンなんだよ。熱心というか……執着?」


 クロは思い出してもう一度苦笑いを浮かべる。


「ことあるごとに一緒の任務を受けようとするし、あとをつけて素性を探ろうとするし、会う度に花束を渡してくるし、結婚しようとしてくるし」

「へ、へぇー……それは、凄いですね」

「本人曰く「助けてもらってから、ずっとファンなんです」とのことらしいんだが」


 クロが助けた人間をいちいち覚えているわけがない。

 、そもそも一生の縁にしようとも思っていないからだ。

 だからこそ、あの子の熱烈なアプローチを受けても困るぐらいしか反応を見せられなかった。

 ミナはその話を聞いて「気持ち分かるなぁ」と、同じように苦笑いを見せた。


(でも、あいつがねぇ)


 クロは少し前の学園長の話を思い出す。

 今、自分が受けている任務で……死亡した。

 あまり好いていなかったとはいえ、慕ってくれている人間が死んだとなれば思うところがないわけがない。

 ただ、王国魔法士団の席の入れ替えは、意外と頻度が多い。

 というのも、大きな任務を受けるからこそ死亡するリスクも高いからだ。


 それを承知で、皆は席に座っている。

 だからこそ、いちいちクロ達は悲しむことはないのだが―――


(だからって、割り切れるもんじゃねぇがな)


 クロはいつの間にか落ちてしまったボールを拾い、そのまま高らかに打ち上げた。



 ♦♦♦



「んで、これからどうするんです?」


 小柄な少女が一人、高い木の上で口にする。

 それを受けて、同じぐらいの高さの木の幹で寝そべっていた男が少し気だるそうに答えた。


「何って、やるしかないよ。君が「ここなら年に一回ぐらいしか誰も来ないですし」って言ったから選んだのに、普通に誰か来たんだからさ。逃げ場なし、現場も抑えられそう」

「その年に一回がやって来たんでしょうに。あー、困っちゃったもんですねぇー」


 ニヤニヤと、少女は口元に笑みを浮かべる。

 その瞬間、男は困ったように指を捻った。すると、少女の腕が在らぬ方向へ―――


「……痛いんですけど?」

「わざとだよね? 僕にここを提案したのは」

「あはっ! べっつにー? よー?」


 折れ曲がった腕を気にすることもなく、少女は笑みを浮かべる。

 男は何度目かのため息をつき、ゆっくりと体を起こした。


「はぁ……まぁ、ノルマを稼げるチャンスと考えるとしよう」

「ですです、そうしてください♪ っていうか、あと何人でしたっけ?」

「あと一人……まぁ、余裕持って二人はほしいね」

「そんなの楽勝じゃないですかー」


 少女は男に向かってピースサインを見せる。


「ちゃっちゃっと攫ってきてやるんで、あとは好きにしやがれです。私は白馬の王子様が来たら相手にしますんで!」

「……いいよ、それが交換条件だったしね。ここまで来たんだ、この際君が好き勝手にすることには目を瞑ろう」


 おかげで今まで助かったしね、と。

 男は腰を上げ、ゆっくりと背伸びをする。


「にしても、君の執着っぷりには脱帽だよ」


 男は少女を見て、苦笑いを浮かべる。


「あの『英雄』と会うために同じ任務を受け……あまつさえ、寝返るなんて正気の沙汰じゃない」

「執拗、胴欲☆ 執着勢にイカれてるって言っても事実の羅列ですよ……私は執着だけで席に座った女の子ですからね♪」

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