最高峰の戦いが終わって
唖然としないわけがない。
目の前で繰り広げられた一戦。あまりにも高度な戦い。
勉強……というより、社会見学に近い何かを感じてしまう。
自分達が憧れている王国魔法士の土俵を、目の前で見せられたような。
『これが、王国魔法士団……』
『な、なぁ……俺知らなかったんだけど、クズ貴族って本当に凄い人だったんだな』
『凄すぎる……』
唖然としている生徒達の漏れてしまった声が、ちらほらと耳に届く。
(す、凄い……)
ミナもまた、唖然とする生徒の一人。
家族とは言えど、自分は姉の本気の戦いというのを見たことはなかった。
それどころか、『英雄』に助けられた時以外、最高峰に立つ人間の戦闘など目にする機会などなかったのだ。
(これが、王国魔法士団……)
一つ一つの魔法が強大なのは言わずもがな。
工数を踏まなければならないとはいえ、カルラの魔法は三つのステップで戦いに幕を下ろされる。
自分であれば、そもそも一つ目のステップですら防ぎきれないかもしれない。
ただ、この戦いで最も注目すべきは情報量の多さだ。
(『英雄』様は、全てを想定してた)
カルラがどう動き、どう動かれたらどう対処するか。
蓋を開けてみればクロがすべて手のひらで転がしていたように見える。
解説はしっかり挟んでくれたものの、見た目派手さに思わず呑み込まれてしまいそう。
『な、なぁ……今の』
『難しいのは分かってたけど、王国の魔法士団って全員があのレベル?』
『俺、なんか心が折れそうなんだけど……あんな魔法、扱えねぇよ』
周囲から聞こえてくるのは、強大な魔法に呑み込まれた声。
気持ちは分かる。
あれだけの魔法を目の前で見せられ、高みを思い知らされたのだから気圧されるのも無理はない。
(いや、呑み込まれちゃダメだ)
ミナは周囲の声に流されないよう首を振る。
きっと、吞み込まれた時点で高みには登れない。
重要なのは、今目の前の光景を理解し、分析し、言語化できること。
魔法士は探求者。
思考を放棄した時点で、探求などできるはずもない―――
「い、今の戦い……理解できましたか、アイリス様……って」
ふと横を見る。
すると、先程まで傍にいたアイリスの姿はなくて。
ミナは思わず周囲を見渡してしまう。
すると、アイリスの姿はいつの間にかまっさらになった訓練場に立つクロのところにあって。
「あぁ、最高です兄様っ! 私は今の光景だけで胸の高鳴りが激しくなってしまいますっ!」
「お、おぅ……そうか。ところでお嬢さん、こんな公衆の面前で抱き着いて恥じらいはどこに捨ててきてしまったというんだい?」
「母様のお腹の中ですかね?」
「産まれた時点で手遅れだったとは……ッ!」
もちろん、瞳にハートマークを浮かべて全力でクロに抱き着いていた。
「もう私は兄様以外の男性と結婚など考えられませんっ! ささっ、今すぐ帰宅して父様達に結婚のご報告を───」
「待つんだ妹よ! 俺がこの場に立っているのは家庭内での結婚を起こさないためだということを思い出してほしいッ!」
今の一瞬で抱き着きに行けるのは、流石はアカデミー最強か? その持ち前の身体能力のせいで、クロは思わず家の方角に引き摺られそうになる。
「アイリス様ってば……」
一方で、羨ましさをありありと滲ませてミナもまた、頬を膨らませてアイリスのあとを追うように訓練場へと降り立った。
そのタイミングで、カルラもまた悔しさを滲ませた表情で訓練場へ降り立つ。
「あ、お疲れ様ですカルラお姉様」
「ありがと……でも、なんかついで感なかったかしら?」
「そ、そんなことないですよ!?」
本当はクロに抱き着きに行きたかったのだが、そんなこと言えるはずもなく。
ミナは慌てて首を横に振った。
「はぁ……負けた負けた。あんなの、見たことなかったわよ」
ミナと共に歩きながら、カルラは頭を掻く。
すると、クロはからかうように相棒に向かって笑みを向けた。
「全部お見せするのが仲がいい証ってわけじゃねぇんですよ、お嬢さん。どうだ、もう次からは「私はクロよりも弱いんです」って言わなきゃいけないご感想は?」
「……次はコロス」
「勝つじゃなくて!?」
さっき殺そうとしてたの? と。
クロは相棒からの衝撃的事実に思わず体を抱えてしまった。
「ま、まぁ……約束は守ってもらうぞ、カルラ。今回の臨海授業は全部お前がやること!」
「はぁ……分かってるわよ、約束は約束だもの。でも、少しぐらいは手伝ってよね」
「おう、それぐらいは許可」
ここに来てようやく本格的にサボれる。
クロは澄み切った青空を見上げ、心の底から清々しそうな顔を見せた。
「あ、あのっ!」
カルラの横から、ミナが顔を見せる。
「ん? 今の戦いで何か質問でも?」
「え、えーっと……先生が解説してくださったのである程度は理解したつもりです。しかし、どこからどの時点で想定されていたのでしょうか?」
凄い魔法だった、かっこよかった、ではない。
戦いが終わったクロに向けられた最初の言葉は、質問。
探求者に大事なのは好奇心と意欲。感想ではなく、分析から入ることが重要。
カルラもクロも、思わず目を丸くしてしまう。
「……アイリス、俺と肩を並べたいんならミナを見習った方がいいぞ」
「むぅ……そういうことですか」
「え、えーっと……?」
今気づいた、と。アイリスは頬を膨らませる。
しかし、勝手に口が開いてしまったミナは思わず首を傾げた。
「さっきの質問だが―――もちろん、戦いが始まる前からだ」
「最初から?」
「あぁ、最初から想定して最初から想定通りに動く。要するに、強大な魔法を叩き込むというより読み合いこそが魔法士のスタイルだ」
想定通りに動き、如何に相手の想定外で動けるか。
簡単に言っているが、これがどれだけ難しいことか。
相手は常に動き、逐一新しい情報を自分に与えてくる。行動パターンなど無数に存在し、想定通りに動くことが少ないはず。
一体、どれだけを想定して動いていたのか?
ミナや、傍で聞いていた生徒達はクロの言葉に思わず息を呑んだ。
「……さて」
クロは周囲を見渡し、観客席にいる生徒達に向かって口を開いた。
「鑑賞会は終了だ。この戦いを踏まえてお前達がどう考えるか……これからに期待するよ」
―――こうして、鑑賞会という
王国魔法士団第七席、『英雄』の勝利という形で。
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