第七席VS第八席②

 トン、と。

 カルラの肩に少し大きな手が乗っかる。

 振り返りたい……そう思っていても、何故か体が動かなかった。

 いや、正確に言えば下手に動いて状況が悪化しないよう本能が体を抑えているのだろう───


「さて、答え合わせも探求者として当然の行為だ。授業の一環で、この場には生徒もいる……ここで少し軽く説明をしよう」


 カルラの肩にそっと手を置いたクロは、悠々と横へ腰を下ろした。


「まず、カルラの魔法は強力な反面デメリットも多い。分かりやすいところで言うと、ステップを必ず踏まなければならないこと」


 いくら必殺とはいえ、踏まなければならない過程がある以上時間のロスだ。

 詠唱して魔法を発動する場合と同じで、これは大きな隙となる。

 もちろん、詠唱をしなければならない魔法士とは違って踏んでいる間にも魔法は発動している時点で、どちらが有能かは言わずもがな。

 しかし、それが通じる相手は格下だけだ。

 必殺できるのであれば、初手から必殺にしなければ当たりはしない。


「次に、場所の固定。広げた舞台の上でしか、三つ目のステップは効力を発揮しない」


 カルラの魔法は、薄い膜のような舞台を一帯に広げてからスタートする。

 今回は訓練場と限られているステージだったからこそ小さく見えるが、本来であれば約半径五キロまで広げることが可能。

 だが、広げた舞台でしかカルラは踊れず、強力が故に相手もそこにいる人間にしか作用されない。

 もちろん、カルラは『舞踏者』。

 ステップを踏む以外の方法でも踊れはするものの、動きやすい分工数が踏むことよりも多い。

 とはいえ、ステップを踏もうが、ステップの代わりの腕で舞おうが、指先を動かそうが、すべては舞台ステージの上でしか成立ができないのだ。


「あぁ、舞台に触れないよう発動する間際に飛べばいいって考える生徒もいるだろう。とはいえ、相手は魔法界最高峰の第八席……探求者が、そんな安易な逃げ道を対策していないわけがない」


 だったら、どうしてクロは横にいるのだろうか?

 というより、───


「相棒だからって、すべての手の内を晒しているわけじゃないぞ?」


 瓦解する。

 地面に倒れていたクロが、無惨な土塊となって。


「なッ!?」

「溶岩から身を守る時、ドームの中に逃げたろ? あの時だよ、入れ替えたのは」


 ゴーレムを生み出す魔法がある。

 素材を形にし、自身の意識と人形をリンクさせて動かす魔法。

 クロは持ち前のセンスと知識で最大限己に模した人形を生成。あとはカルラが自ら視界を遮った際に生み出し、自身が姿を隠していれば完成する。


「まぁ、カルラの舞台は膜のようなものだ。地形を変えて上がったところで、膜は広がるだけで地面に張られている」


 けど、地面ではなく虚空に舞台を広げさせれば? 本体が地面に触れていようが舞台は変わり、魔法の対象が人形オンリーとなる。


「溶岩を地面に撒いたのは……」

「地面で戦うって選択を消すためだ。いくら舞台を広げていても、熱は伝導する……そんな場所に降りたくはないだろう?」


 つまり、ここに至るまでの流れがすべてクロの思惑通り。

 カルラは悔しさのあまり、唇を噛み締めた。


「願望まで分かれば、もうちょい楽な終わり方もあったんだろうがな」

「いいや、まだ終わっていないわ……ッ!」


 カルラはクロの手を払い除け、その場に後退するのと同時に一つ目のステップを踏む。


探求者まほうしらしいご解説癖だこと! 結局、舞台の上に登ってきたら意味ないわ!」


 黒く染った剣が地面から突き上がる。

 クロは跳躍することで回避するが、二つ目のステップがその間に踏まれる。


(もう容赦はしない)


 茨の森の中、着地したのと同時に大量の獣が姿を現した。

 その数はざっと数十体。クロはダイヤモンドの柱で撃退していく。


(もう一回、最後まで踏んで勝負を終わらせる……ッ!)


 最後のステップが───


「踏ませねぇよ」


 踏まれる前、クロの拳が舞台へと突き刺さる。

 そして、起こるのは……


「ッ!?」

「『遊人の来訪イルス・アルスロット』」


 またしても訪れる浮遊感。

 最後のステップが踏めず、カルラが広げた舞台は虚空で崩れ落ちる。


「これが俺の願望顕現グラン・フランメ


 地面に広がっているのは、クロが敷いた溶岩の床。

 自身が舞台として広げている黒い膜の姿は、もう見受けられない。

 もちろん、溶岩の下は己が広げた舞台だ───このまま着地して最後のステップを踏めば、必殺がクロを蝕む。

 ただし、900℃から1100℃の地帯に足を落としてまともにステップを踏めるかどうか───


「くそっ!」


 カルラは咄嗟に蔦を伸ばして訓練場の壁へと体を貼り付ける。

 クロは平然と溶岩の上に着地し、カルラを悠々と見上げた。


(……嫌なものを見ちゃったわ)


 魔法士は探求者。

 些細なことからあらゆることを想定して、対処する。

 カルラは見てしまった───己の舞台が壊される瞬間を。


(きっと、あの魔法って地面を砕くとか、そんな安直なものじゃないわよね……)


 実際のところ、カルラの予想は当たっている。

 ───『遊人の来訪イルス・アルスロット』。

 地面を砕くのではなく、立ち塞がる障害を破壊するというもの。

 事象を読み取り、解体する。

 、つまり魔法の対象に選ばれた時点で一度殴れば強度や物体を無視して壊される。


 己の舞台は、別に物体としての強度は然程ない。

 その代わり、としてその場に顕現させている魔力の塊だ。

 それが破壊された時点で───


(もう一回、空中に広げたところで壊されるのがオチ)


 繰り返していけばいくほど、自分は地面に近くなってしまう。

 場所が制限されているが故に、逃げ場も広げる先も固定されている。

 単に必殺抜きの魔法で戦うか? いや、冷静に分析して願望まほうなしで願望まほうありのクロに勝てるとは思えない。

 自分はステップを踏まなければ、ドゥと同等のものまでしか扱えないのだ。


魔法士たんきゅうしゃは、勝てる想定ができなかった時点で終わる」


 奇跡、偶然などは考慮しない。

 理論上、机論上に「不可能」の文字が浮かび上がってしまえば閉幕。

 想定外が、想定内に勝てる道理はない。


「さぁ、どうする……カルラ?」


 要するに───


「はぁ……よ」


 ───詰み。

 カルラは悔しさを滲ませたため息をついて、口元を吊り上げるクロに両手を上げるしかなかった。



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