第七席VS第八席①
「魔法士はいずれ、探求目標が明確になるの」
黒く染まった舞台の上で一人、カルラが生徒達に聞こえるように口を開く。
「こんな事象を生み出したい、こんな世界に飛びたい、こんな綺麗な景色を見せたい―――そういった『願望』こそが、魔法士最大の糧」
踊り、踊り、ステップを踏む。
「
クロの頭上から一振りの黒く染まった剣が降る。
身を捻ってそれを避けると、クロはそのままカルラに向かって駆け出した。
「
次は黒く染まった床が盛り上がり、やがてクロ目掛けて波のように襲い掛かる。
クロは地面から岩を形成し、頭上へと持ち上げることで波からの離脱を図った。
しかし―――
「
ガクン、と。
クロの体の全身から力が抜けた。
「ッ!?」
「ただし、魔法士は決して『願望』を悟られてはいけない」
岩の上で力なく倒れるクロを見上げて、カルラは言葉を続ける。
「どういう現象が起こるのか……それは構わない。どういう回避の仕方を取ればいいのか……これもいいわ。知られたところで、相手は手が届かないんだもの」
だけど、と。
カルラは手を持ち上げ、両手いっぱいに黒く染まった薔薇を生み出した。
「でも、根本である『願望』を知られてはダメ。強い魔法士ほど、探求者としての気質が備わっている……根本を理解されれば、魔法すべてを見透かされることになる」
大量の水が流れてくる川がある。
深い穴を掘って避けるのもいい、岩を積み上げて流れを変えるのもいい。
それだけでは川の水は止められない。
しかし、流れている川の出所を見つけられてしまえば? 水源を塞き止めてしまえば、水は止まってしまう。
つまりは、そういうこと。
魔法士は『願望』という根本を見つけられさえしなければいい。
逆に『願望』を持つ魔法士との戦闘では、『願望』を見つけた方が圧倒的有利となる。
「一通り説明は終わったわ」
両手をクロへ差し出す。
すると、薔薇の花から一斉に棘のある蔦が一斉にクロへ向かって伸びた。
「これで終わりじゃないでしょう?」
そう尋ねた瞬間、カルラの足元が唐突に消えた。
「あら」
突如現れる浮遊感。
カルラは眉を顰め、伸ばしていた蔦を使って落下を止め、再び地上へと戻ってくる。
だが、その頃には———
「クソうざい魔法だな、お前のは!」
クロの体は、カルラ目掛けて飛んでいた。
「レディーに対して失礼じゃない?」
「じゃあ、お詫びも兼ねて受け取れや!」
空いた穴から赤黒い何かが飛び出した。
液体のようで、どこか粘り気がある。混ざっているのは溶けた岩。
背後から感じるのは、確かな肌が焼けるような熱。
つまりは―――溶岩。
「乙女の舞台に変な装飾をつけちゃって……ッ!」
カルラは咄嗟にステップを踏む。
「
自分を覆うように、黒いドームが形成される。
飛び出した溶岩は黒いドームを飲み込んだものの、壊すまでには至らなかった。
(このまま安全圏でステップを踏む!)
カルラの魔法はステップを踏むごとに効力が上がる。
扱いやすく、威力が少ないものから始まり、しっかりと三回まで踏めると不可避の一撃が叩き込めるのだ。
先程クロの体の力が抜けてしまったのは、そういう原理。
最後まで舞台に残ってほしいからこそ、己の願いを強制させる。
ただ―――
「悠長に踏ませると思ってんのか?」
カルラの足元がせり上がる。
それはドームを突き抜け、溶岩が広がった外の景色へと投げ飛ばすように、高らかに。
「地面に足がついてなきゃ、お前の魔法なんてたかが知れてるだろ!」
上空では、クロが一人カルラを待ち構えている。
見上げた景色の中には、幾本ものダイヤモンドの氷柱がこちらに切っ先を向けていた。
「それは早計じゃないかしら?」
投げ飛ばされたカルラはクロの下に辿り着く前に、どこからともなく伸ばした蔦で体を引っ張る。
降り注ぎ始めたダイアモンドの雨。
カルラは頭上に一枚の黒い傘を作って雨を防ぐと、そのまま虚空に向かって足を降ろした。
「私は舞踏者」
その瞬間、空中にまたしても黒いカーペットが広がった。
「
クロは舌打ちし、カルラと同じ場所へと降り立つ。
その瞬間、またしても漆黒の剣がクロ目掛けて投擲される。
「
次は茨の森。
進路を塞ぐかのように、満遍なく棘を見せる茨が敷き詰められる。
「ッ!?」
前へと進めない。
ダイヤモンドの槍をカルラ目掛けて投擲しても、茨の森が邪魔で届かない。
そして———
「
ガクッ、と。
クロの全身という筋肉が活動を止めた。
「……ふぅ」
カルラは茨の一つに腰をかけて、大きく息を吐いた。
(さっきよりも強めに発動したから問題ないとは思うけど、なんか呆気ないわね)
全身から力が抜ける。
動けなくなるだけ……と、考えるのは早計だ。
しっかりと説明するのであれば、カルラが最後までステップを踏んだ際に起こる事象は対象の脳に送る伝達信号の操作。
強制、支配、従順、不能。
その中の一つ、『舞台の上に立っている者の筋肉を動かすための脳の伝達信号を強制的に遮断する』というものだ。
物を持てなくなる、だけではない。呼吸するためのお腹と胸や心臓を動かすための筋肉も活動を止めている。
つまり、ちゃんと発動さえすれば必殺の一撃なのだ。
───単純な死傷能力だけで言えば、王国魔法士団の中でも随一。
もちろん、この立ち合いでは殺しはしない。
ある程度死なないよう威力は落としているが―――酸素が脳に回らなければ意識を保つこともできない。
何秒か? 何十秒か? 朦朧としている意識は、一体どれほどまで耐えられるのか?
(……いいえ、流石にこれでは終わらないはず。こんな程度で終わるような男じゃないっていうのは、私がよく分かっているもの)
そう思い、カルラはクロの意識がなくなるまでの時間を最大限警戒しながら待つ。
決して、目は離さな───
「だが」
ゾクッ、と。カルラの背中に悪寒が走った。
何せ、
「俺はまだ、
聞こえるはずもない声が背後から聞こえたのだから。
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