最高峰の戦い

 王都から離れた島は、アカデミーが臨海授業のために用意した施設だ。

 宿泊場所、慰労場所、授業場所。ありとあらゆる設備が整っており、島一つがこの二日間のために充分なぐらいの労いを見せている。


 その中の一つ。

 山一つでも切り崩したのでは? と疑ってしまうほどの広い訓練場にて、クロとカルラは向き合っていた。

 訓練場の至るところには、声を拡張させる魔道具が取り付けられている。恐らく、多くの生徒に教師の声が届くよう配慮したものだろう。

 観客席には、びっしりと押し寄せた生徒達の姿。中にはもちろんアイリスやミナの姿もあり、途切れることもないざわつきを見せている。


 それも当然。

 王国のトップ魔法士の二人、現代最高峰の魔法を扱う天才。

 そんな二人が、勝負をするというのだから注目しないわけがない。


『なぁ、どっちが勝つと思う?』

『やっぱりカルラ様だろ!』

『いや、でも『英雄』様は王国魔法士団の中で人を救ってきた数だけで言えばナンバーワンだし……』


 どちらが勝つか? 勝負事はどうやら盛り上がる要因なようで。

 誰一人として、体裁の授業というワードは頭に入っていなかった。


「わ、私はどちらを応援すればいいのでしょうか……?」

「兄様に決まっています、というより勝ち馬は兄様なのです!」


 観客席で見守るアイリスとミナ。

 一方はどちらにエールを送るのか迷っているようだが、もう一人は勝ちを確信しているようであった。


「随分と注目度の高い余興になったものね」


 クロの目の前。

 カルラが口元を吊り上げながらプラチナブロンドの髪を揺らす。


「いいじゃねぇか、臨海授業らしくて。こういう普段見られない演出を見せてやれば生徒達の勉強意欲も上がるってもんだ」

「あら、いつの間にそんな教師らしい性格に変わっちゃったのかしら?」

「可愛い生徒ができたからかもしれんな」


 軽口を叩いているが、二人の中で戦闘意欲は高まっていく。

 これがアカデミーのイベントの一つで、自分達は教師として生徒に魔法を教えると分かっているが、せっかく与えられた機会。

 元々、何度か思ったことがあるのだ———自分の頼もしい相棒と戦った時、どうなるのか?

 探求者まほうしらしい好奇心が、ちょっとした火種で燃え上がっていく。


「んで、ルールはどうする?」

「あくまでこの訓練場の中で戦うっていうのは前提として……」

「そりゃそうだ、考えなしに本気でやれば大変なことになるだろうし」


 自分達はその気になれば戦場一つを動かせる。

 異常な二人が本気で戦えばどうなるか、自分達がこの中で誰よりもよく分かっていた。


「あとはそうね……気絶するか降参した方が負けってことにしましょ。オーソドックスなスタイルだけれど、これなら観客も湧くでしょうし」

「異議なし」


 さてやるか、と。クロが準備運動に入ろうとした時、カルラが待ったをかけた。


「ん? どした?」

「せっかくなら、罰ゲームでもつけない? あなたに負ける気はないけれど、これなら互いに本気でる理由が作れると思うの」


 何かしらの罰ゲームがある方が燃える。

 元より「どっちが強いか」という勝負だ、甚だ負けるつもりもないし手を抜くつもりもないのだが、会った方が互いに盛り上がるのは間違いない。

 クロは口元を吊り上げ、挑発的に笑った。


「いいぜ、乗ってやろうじゃねぇか」

「まぁ、私が勝つけど」

「あ゛ァ!?」


 カルラの挑発で、クロの額に青筋が生まれる。

 クロは頬を引き攣らせながら、二回目の中指を立てた。


「か、勝った方が……負けた方に命令一回な」

「参考に何をお願いするか聞いても?」

「今回の臨海授業……全部受け持ってもらう!」

「……クロらしい命令だこと」


 別にいいけど、と。カルラは背中を向けて距離を取る。


「一応言っておくけれど、これはあくまで授業の一環……それだけは頭に入れておいてちょうだいね」

「言われなくても、そうする」


 クロもまた、背中を向けて距離を取る。

 手の届かない、何メートルか離れた位置。

 自然と、観客席に座っていた生徒達は「いよいよ始まる」のだと察する。


「負けても妹さんの膝で泣かないのよ、クロくん?」

「言ってろ、高飛車。お前こそあとで拗ねて口を開かなくなっても構ってやらないからな?」

「……言ってくれるじゃない」

「そっくりそのまま返せるセリフだがな」


 そう言って、クロは大きく息を吸い込む。

 魔法士たんきゅうしゃとして、相手より自分が劣っているとは思いたくない。

 しかし、カルラの実力は……自分が一番理解しているつもりであった。


「……先に宣言するわ」


 カルラは、少し上品に、足でそっと地面をなぞり始めた。


「『英雄』の背中を見続けてきただけのお姫様じゃないの、私は」


 その瞬間、薄い黒い幕のようなものが訓練場の地面一帯を覆い始めた。


(始まったな、クソが……)


 クロは額に汗を流しながら、頬を引き攣らせる。

 緊張感が、自分の体全体に襲い掛かるこの感覚。


 地面をなぞっていたカルラは、次第にステップを踏むように動き始めた。


(……来る)


 王国が誇る最高峰の魔法士集団、第八席。

 周囲から尊敬と畏怖を込められて送られた名前は―――『舞踏者』。


「さぁさぁ、私と踊ってくれませんか……紳士さん?」


 その天才の猛威が、英雄に向かって襲い掛かる。

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