どっちが強いか

「ふふふ……船酔いは三半規管や耳石器から受けた情報と目や体からの情報を受けた脳が混乱して起こる自律神経の病的反応でな……ちょっとした幻覚や徐々に揺れを与えてやると引き起こせるもので……魔法として新しく成立させられそうなんだが……ふふふ」


 なんて言っているのは、絶賛船酔い中のクロ。

 現在、さらに二週間が経過していよいよ臨海授業を行うこととなった。

 目的地は王都から少し離れたアカデミーが所有する離島で、海沿いに建っている施設だ。

 そのため、アカデミーが用意した巨大な船で生徒達が移動しているのだが───


「あぁっ! 弱っている兄様もなんて素敵なんでしょう! 私、心なしかもう少しいじめたくなってしまう思春期の男の子に似た衝動に駆られているのですが、これも兄様の溢れんばかりの魅力から与えられた病的反応なのでしょうか!?」

「ふふふ、妹よ……それは単に変な性癖に目覚めただけだと思うよふふふ……おえっ」


 アイリスに膝枕をしてもらい、クロは濡れたタオルを目に当てている。

 正直、膝枕をしている妹の新しい性癖の目覚めに危機感を覚えているのだが、もう体が思うように動かない気持ち悪い。

 そのため、逃げることもなくクロはされるがまま妹のハイテンションに付き合っていた。


「王国の『英雄』にも船酔いには勝てないって知ったら、世のヒーローに憧れた子供は落胆しそうね」


 大きなパラソルの下で椅子を置き、ちょっとしたビーチ感覚でいるカルラ。

 早速用意したサングラスが活躍しているのか、気持ちよさそうに輝く太陽を見上げて寝そべっていた。


「なんてことでしょう、兄様とのバカンスが女狐のセリフによって穢されてしまいました……ご退場願っても?」

「黙りなさい、ブラコン。早くバカンスする人間が私以外にもいるってことにさっさと気づきなさい」


 この場にはアイリス達だけだが、船上には他の生徒達の姿も見受けられる。

 というより、先程から話したそうにこちらを見つめていた。

 声をかけられるのも時間の問題だろう。


『あ、あのっ! カルラ様、今少しよろしいでしょうか!?』

『アイリス様! 僕はウルスラ伯爵家の次男の───』


 すぐであった。


(人気者なお嬢さん達なこって……)


 一人が声をかければ、自分もと一斉に群がってくる。

 流石は王女であり王国魔法士団、公爵家の人間であり生徒会長。人気っぷりが凄まじい。

 ただし───


『あ、あの……『英雄様』、お話させていただいても……』


 クロにまで話しかける生徒もいる始末。

 アカデミーで働き始めて一ヶ月ほど。クロの評判も正体もいい感じに広まってきているみたいだ。


「……兄様、生徒とのラブコメは「めっ」ですからね?」

「お兄さん、そんな気分じゃないんだよ……うっぷ」


 とはいえ、冷ややかな視線と今にでも吐きそうな構図が色々と台無しではあるが。


「あの、先生……お水飲まれますか?」


 すると、人混みを掻き分けるようにミナがおずおずと水筒を差し出してきた。

 クロはそんな優しい気遣いに薄らと涙を浮かべる。


「ありがとう……俺はこういう気遣いを望んでいたんだ」

「えへへ……どういたしまして」

「兄様っ! 私も十代のレディーの大事な太ももを差し出して体調を気遣っておりましたよ!?」


 頬を膨らませて、体を起こしたクロの背中をポカポカと殴るアイリス。

 クロはそれを無視してもらった水筒で水分を補給し、二人の姿を見てミナは苦笑いを浮かべた。

 その時───


『あのっ、第七席様と第八席様ってどっちが強いんですか!?』


 強さに憧れを持つ子供らしい質問。

 それに、カルラとクロはピクッと耳が反応してしまった。

 そして、


「おいおい、誰が言ったのかは分からんが、俺の方が強いに決まってるじゃないか」

「は? 何を巫山戯ふざけたことを言ってるの? 私の方が強いに決まっているじゃない」


 質問をした生徒は、きっと己の安易な発言を後悔していることだろう。

 何せ、一瞬にして変わったひりつくような空気。

 魔法の授業を担当する現代最高峰の魔法士の目が……笑っていない。

 近くにいたミナは慕っている相手二人に挟まれオロオロとしている。まぁ、アイリスに至っては「喧嘩を吹っかけている兄様もかっこいいです!」と場違い感溢れる兄様ラブ全開にして瞳を輝かせていた。


「お姫様はどうやら絵本の読みすぎで頭がお花畑になっているらしい。ダメだぞぅー? いつまでも夢物語に縋って現実を直視しないのは」

「あら、堕落しきった生臭坊主がよく言うじゃない。確かに、あなたの方が早く魔法士団に入ったけれど……数字が少ない方が強いって勘違いしてないかしら?」

「あ゛ァ?」

「あ゛ァ?」


 きっと、お互いが自分の魔法に自信を持っているからこそ起こった空気なのだろう。

 友人であり、相棒であり、よきライバルであると認めており、自信をしっかりと誇示ができる。

 これがシャティみたいな相手であれば、こうもならなかったはず。

 ある意味近い距離にいる彼らだからこそ、探求者としての矜恃がんぼうが───


「……そういえば、お前となんだかんだ戦ったことなかったな」

「……そうね、長い付き合いになるけれど、それだけはなかったわね」


 両者の間に火花が散る。


「ちょうどいい……せっかくだ、ここは一つ臨海授業らしい講演会でもしようじゃないか」


 そして、クロは中指を突き立ててカルラへと言い放った。


「一回目の授業は王国魔法士団の『願望まほう』の講演会タイマン───ここいらで白黒ハッキリつけようや、傲慢王女」

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