第三席

 王国魔法士団、第三席——―シャティ・リューズディー。

 王国最大のアカデミーの学園長であり、『不老人』の異名を持つ女性である。

 クロやカルラも、シャティにはお世話になったことがある。

 というより、今生きている大半の貴族は彼女にお世話になったことがあるだろう。


 そんな女性が帰ってくるという話を聞いたクロは、カルラと一緒に顔を出すため学園長室に足を運———


「あーっはっはー! 本当に着とるわい、あのクズ貴族の面倒臭がり坊主があーっはっはっはっ!!!」


 ―――んだ瞬間、中からもうこれ以上もないぐらいの大爆笑が聞こえてきた。

 ソファーで腹を抱え、薄桃色の髪を広げる小柄な体躯をした可愛らしい女性。

 彼女こそアカデミーの学園長であり、クロの才能を見つけた本人である。


「……なぁ、マジでこいつの頭目掛けて溶岩ぶち撒いていい? それか俺頑張るから殴打の許可を」

「落ち着きなさい、返り討ちにされるのがオチよ」


 額に青筋を浮かべるクロ。

 その頭を宥めるように撫でるカルラ。

 二人はしばらく入り口で立っていると、ようやく大爆笑から帰ってきたシャティが体を起こした。


「くふふ……すまんすまん、わらわの知っておるクロ坊にしてはあまりにも意外すぎる恰好じゃったからつい」

「てめぇがアイリスの提案に頷いたからこんな馬子に衣装になってんだろうが、あァ?」

「なんじゃ、思春期が終わった子供の反抗期かの? 妾はお前さんが適任じゃと思ったから書類にハンコを押したにすぎんぞ?」


 シャティはソファーを指差し、二人に座るよう促す。


「どうせお前さんはじゃろ? 結果は見えておると思うがのぉ?」

「ぐっ……!」

「……シスコン」


 反論できないクロにジト目を向けるカルラ。

 二人はソファーに腰を下ろし、シャティと向き直る。


「まぁ、でも妾の教え子がこうして同じ立場になるとは……感慨深くて涙が出そうじゃわい。妾も歳を取ったもんじゃ」

「見た目十歳が何か言ってるぞ、おい」

「何度お目にかかっても、学園長の魔法は解明できないのよねぇ」

「かっかっか! お前さん達に解明されるほど、妾の『願望まほう』は幼稚じゃないわ!」


 流石は第三席。

 実質王国の魔法士の中でナンバースリーを張るだけのことはある。

 二人が悔しそうに顔を歪めるのは、魔法士としてのさがだろうか? シャティはそれが面白く、余計に上機嫌になる。


「聞いておるぞ、二人の話は。流石は第七席と第八席じゃ、魔法の授業が例年以上に評判がいい」

「ありがとうございます」

「まぁ、案の定クロ坊の評価は二分割されておるがの」

「うっせ」

「とはいえ、それも時機になくなるじゃろうて」


 シャティは二人のことをよく知っている。

 長い間務めてきたこのポストの中で、学生時代から有名だった子供達。

 加えて、クロに至っては己が才能を見込んで、共に同じ仲間として戦ってきたのだ。

 クロの性格も、実力も理解している。

 今ある『クズ貴族』としての評判も時間の問題。シャティはそう確信していた。


「時にクロ坊……話は変えるが、この前珍しく自分で任務を受けたようじゃな?」


 少しばかり真剣な顔で、シャティはクロに尋ねる。


「まぁな、うちの領地でも被害が出たし、ちょうど解決しようと思っていた案件だからさ」

「そうか……それで、進捗は?」

「あったら、教師休んで動いてるよ。っていうか、なんでいきなりそんな話を聞いてくるんだ?」


 しかも、何やら考え込んでいる表情で。

 先程まで見せた大爆笑が気のせいだったのでは? と疑ってしまうほど。

 クロが首を傾げていると、シャティはカルラへと視線を移した。


「カルラ嬢は、しばらく任務はないのかの?」

「え、えぇ……そうですけど」

「なら、この任務に本腰を入れるなら。可愛い子供達へ久しぶりに顔を見せた上司からの命令じゃ」


 シャティの発言に、思わず二人は顔を見合わせる。

 そして、恐る恐る―――


「……そんなヤバい案件なんですか?」

「実はの、この任務……ブッキングしておったんじゃ、第九席の子と」


 じゃが、と。

 シャティは背もたれにもたれかかる。


、あの子は」

「「ッッ!!??」」

「まぁ、行方不明で死亡扱い……という方が正しいが、音信不通が続いておる。恐らく、死んでおるじゃろ」


 ただの人攫いの案件だと思っていた。

 しかし、王国の中で十人しかいない最高峰の席に座る魔法士が死んだ。

 これがどれだけ重たい話なのか……分からない二人ばかではない。


「妾とて、二人の実力は承知しておるつもりじゃ。とはいえ、念には念を入れて損はない」


 重苦しい空気が学園長室に広がる。

 しかし、それも数十秒。すぐさまシャティは気分を変えるように手を叩いた。


「まぁ、気にしても仕方なし! 元より、これは自警団と騎士団の任務じゃ! 妾も探っておくから、お前さんらは今与えられた仕事にまずは注力すればいい!」


 シャティは懐から一枚の紙を取り出し、テーブルの上に叩きつける。

 なんだ、と。二人は同時に紙を覗き込んだ。

 そこには———


「臨海授業……?」

「お前さんらも、この時期に行ったじゃろ? 今からちょうど一ヶ月後……魔法の授業を受けている生徒が一斉に出掛けて野外で学ぶんじゃ」


 楽しそうで、上機嫌。

 シャティは二人に向かって、笑みを向けた。


「今度はお前さんらが引率しなさい。たまには座ってばかりじゃのぉて、陽の下でバカンスにでも洒落こんでこい!」

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