魔法士団、入団経緯

「いいか、ミナ……理解の限度は方程式が成立するまでじゃない。一度答えが出たからといって、それが完璧とは言い切れないんだ」

「な、なるほど……」


 自作したであろう弁当を食べながら、ミナは食い入るようにクロの話を聞く。

 クロもまたアイリスお手製の弁当を食べながら真面目に語っていた。

 その光景を、カルラはどこか嬉しそうに鼻歌を鳴らしながら見ている。

 これぞ平和な一日で起こる平和な一幕。

 のどかで学び舎らしい空間である。


「っていうかやけに上機嫌だな、カルラ」


 鼻歌を鳴らしていたカルラに気づいたクロが尋ねる。


「ん? あぁ、ミナがこうしてあなたに懐いている姿を見ていると、つい嬉しくてね」


 先程見せつけるようにアピールしていたのだが、それはそれ。

 妹がクロの話を真面目に受け、クロも面倒臭がりな性格を曲げてまで教えているのが嬉しいのだろう。

 よく分からんわ、と。クロは一口頬張った。相変わらずアイリスは料理が上手だな、とも思った。


「そういえば、カルラお姉様と先生はいつからお知り合いなのですか?」


 唐突に、ミナは二人に向かって尋ねる。


「んー……いつからっていうのは少し難しいが、知り合ったのはアカデミーでじゃないか?」

「あなた、社交界にびっくりするほど参加しなかったものね。でも、一応初めましては子供の頃のパーティーよ」

「だったっけ?」


 覚えていないクロは頭を悩ませる。

 確かに、アイリスと出会う前まではちゃんと社交場には顔を出していた。

 とはいえ、それもかなり昔の話。そこで誰に出会ったのかなど、もう覚えてはいない。


「俺が認知したのは、間違いなくアカデミーだったな。こいつ、有名だったし」

「あら、それを言い始めたらあなたも有名だったわよ? 悪い方面で」

「先生……」

「アカデミーの授業が眠くてな、仕方ない」


 ミナのジト目に、クロは肩を竦める。

 英雄だなんだ呼ばれてはいるが、結局性格は自堕落希望のボーイのままなのだ。


「では、仲良くなり始めたのは王国魔法士団に入ってから……?」

「話し始めたのはその頃ぐらいよね?」

「まぁな、任務に同行させろとかババアがうるさかったし、同行してるうちに仲良くなった……と思う」


 王国魔法士団の席順は年功序列ではなく、席に座った順で決まる。

 クロが王国魔法士団に加入した後に、カルラが入った。一応先輩後輩の関係ではあり、入団当初は指導も兼ねて一緒に任務を受けていたのだ。


「でも大変だったわ……基本、クロって任務は事後報告だし、相談もなく勝手に決めるし」

「そうなんですか!?」

「こいつは困っている人がいれば見捨てられない性格してるから、首を突っ込んだ事件が任務でって感じなのよね……おかげで何度他の魔法士とブッキングしたことか」

「いいだろ、別に。それが条件で席に座ってるんだから」

「振り回されていた私の身にもなりなさいってことよ」

「いひゃいいひゃい。ほっぺふねらないで」


 反省の色なしのクロの頬をカルラが引っ張る。

 その姿は仲睦まじいというかなんというか。姉とクロを慕っているミナは、少しばかり羨ましく思ってしまった。


「しかし、先生は特別な形で魔法士団に入っているのですね」

「本当は入団なんてしたくなかったからな。そうでなかったら、お面なんて着けて活動してたりしてないよ」


 自堕落な生活を望み、自堕落な日々を謳歌する。

 もしも、魔法士が憧れるポストに座ったと知れ渡れば、注目の的は間違いない。

 そうなれば、少なからず自堕落な日々は変わってしまうだろう。

 しかし、見捨てられない人間は見捨てられない。そんな性格との折り合いが、今の形なのだ。


「そもそも、ババアに見つからなかったらこんなポストには……」

「あの、先程から仰ってるババアとは……?」

「ん? あぁ、このアカデミーの学園長だよ。んで、現王国魔法士団の第三席様」


 クロが魔法士団に席を置くようになったのは、一言「スカウト」である。

 たまたま人助けをしている最中に同じ案件を追っていたアカデミーの学園長と出会し、そこで才能を魅入られ説得を受けたのだ。


「あの時は本当に大変だった……俺が黒幕だって思い込まれてタイマンでの戦闘だぞ? 死ぬかと思ったし、死にかけた」

「ど、どちらが勝ったんですか!?」

「決着なんてつかなかったよ。もしついてたら、どっかの地形が変わって地図の再編集だって。途中でババアが俺に気づいて折り合いつけて終わった」


 引き分け……とは言うが、つまりはアカデミーの学園長と競り合えるほど戦ったということ。

 アカデミーの生徒で学園長のことを知らない生徒はいない。

 ミナはその話を聞いて、自然と瞳が輝いてしまった。


「あ、そういえば今日よね、学園長が帰ってくるの」


 カルラが思い出したかのように口にする。


「えー……じゃあ、挨拶に行っとかなきゃいけない感じ? 初めは「挨拶しとこっかなー」感覚だったけど、今更感に駆られて行きたくない」

「怒られたくなかったら顔ぐらい出してあげたら? 私も一緒に行くから」

「……へいへい」


 気怠いなぁ、と。クロは面倒臭いオーラを醸し出しながら一口頬張る。

 すると───


「あ、あの……あともう一つお窺いしたいのですけど」

「ん?」

「カルラお姉様と先生は……そ、その……お付き合いなどされているのでしょうか?」


 婚姻がないことは知っている。

 それでも、初めに見た光景が頭から離れなくて。

 今更ではあるが、不安を滲ませたミナは恐る恐る頬を染めながらクロ達へ視線を向けた。


「ふふっ、どうかしらね?」

「付き合っちゃいねぇよ……」


 なんで含みのある返事をしてんだ、と。

 クロは顔を真っ赤にするミナと、いたずらめいたカルラの笑みを見て肩を落としたのであった。

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