膝枕
クロがアカデミーの教師になってから一週間が経った。
ある程度教師生活にも慣れ、クロの名前は今まで以上に有名となっている。
悪い意味で言うと「クズ貴族が土足で入り込みやがって」というもの。いい意味で言えば「あの『英雄』が魔法を教えてくれる」という好印象的なものだ。
これまで、クロが担当する生徒全員には一度授業を行った。
その評判は違う学年にも広がり、綺麗に評価が二分割したような形。
元より周囲の評判など気にしないクロは、時々教師陣からのチクチクとした視線を浴びながら、今日もまた教鞭を取っている───
「魔法を完成させるにあたって、実はしっかりとした過程が存在する」
一年生、Aクラスの授業。
クロは簡易的な図を黒板にチョークを走らせていく。
「構造の理解。漠然としたイメージで魔法を使っていた魔法士であれば考えていなかったであろう過程。これから話す内容は、この前大事だって教えた理解を向上させるための授業だ」
教室の中には、初めて訪れた時とは少しばかり人数が足りない。
クロの授業を受けたくないと、ボイコットをしている生徒達だ。
今この場にいるのは、クロをある程度認めた上で学ぼうとしている者である。
「と言っても、あんまりピンとこない生徒もいるだろうから……」
クロは顎に手を添えて少しだけ考える。
そして、すぐさま閃いたかのように顔を上げた。
「『
クロが床にチョークを向ける。
すると、詠唱もなしに腰まである木が出現した。
「この中で、今の魔法がどうやって成立したか分かる者はいるか?」
周囲に投げかけるように視線を向ける。
その時、我先にと第三王女であるミナが手を上げた。
「種を生み出して、水をあげて……でしょうか!?」
「安直だが、実はそれが答えだ」
クロは指を鳴らして、生み出した木をその場から消した。
「魔法は料理と少し似ている。素材を用意して、調理する……すると、新しい事象として
生み出したい事象の元を考える。
大きな火を起こす魔法を使いたいと考えた場合、どうすればいいだろうか? 火種を作り、酸素を過剰に浴びせる? それとも可燃物を一気に投下する?
魔法は素材という原点から過程を経て、事象として成立するのだ。
今回で言えば、種という素材を用意して水をあげるという調理の過程を踏んだ。本当は成長を促進する時間も含まれているのだが……一年生の授業でここまで理解すれば正解といっていいだろう。
「漠然としたイメージで魔法を使用した場合、本来踏んでいるであろう過程を意識できない」
クロは周囲を見渡して一拍間を空ける。
「これが理解の中に含まれるもの。素材が違えば、調理が違えば起こる事象も変化し、マイナスに働くこともあれば洗練されて昇華することもある。逆に手順を省けるかもしれない」
「なるほど……」
ミナは頷き、必死に筆を走らせる。
その姿を見て、クロは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
(初めはあんなに喧嘩を吹っかけてきたのに、大人しいもんだ)
この教室の中で……いや、アイリスを除いた受け持っている生徒達の中で、ミナは一番授業に積極的だ。
自分が時間外労働を嫌がる性格のため授業後の質問はないが、授業中に積極的に質問をし、積極的に答えようとしてくる。
労働などクソ喰らえではある。しかし、こういう生徒がいると嬉しく思ってしまうのもまた事実なわけで───
(少しぐらい、ミナのためなら時間外労働をしてもいい気になるんだよなぁ)
これが教師か、と。
一週間を経て、ようやく誰かに教える楽しさに触れたクロであった。
♦️♦️♦️
「可愛いでしょ、うちの妹は」
授業が終わり、昼食を食べるために設けられた昼休憩。
魔法の授業を受け持つ教師に与えられた一室にて、唐突にカルラがそのようなことを言ってくる。
「いきなりどったの?」
「いや、膝枕中で沈黙って少し気まずいじゃない? だから少し相棒同士の親密度を深めるために会話でも広げようかなーって」
いつぞやの決闘のご褒美。
その時にした約束が、現在ソファーの上で行われていた。
一週間が経って今行われているのは、アイリスが絶対に来ないであろう時間を見計らうためである。
そうしないと、今の光景を見た妹がどうなるか分からない……クロは分かっているのだ。嫉妬に駆られた妹がどうなってどう騒ぐのかなど。
ちなみに、アイリスは現在生徒会の活動でアカデミーの外へ出ている。
「んー……容姿はまぁ、お前に似て綺麗だとは思うな。初めは突っかかってきて可愛げがなかったけど、今は授業も積極的だし、呑み込みも早い」
「それで?」
「あいつのためなら、時間外労働もしてもいいかなーって思うぐらいには可愛いと思う」
「あら、それならだいぶ気に入ってくれたようね」
クロの性格をよく知っているカルラは、可愛い妹が褒められて口元が自然と綻ぶ。
「実際、あの子って才能はあるみたいなの。もう一人の妹は内政方面に進み始めちゃったけど……」
「まぁ、流石はカルラの妹ってだけはあるよな。そんな片鱗はチラチラ見えてるよ……他の兄妹は?」
「んー……男連中は剣術ばかりよ。やっぱり、男の子って
「それか白馬の王子様だな」
膝枕をされながら、クロはカルラの顔を見上げる。
端麗な顔が眼前に映り、妙に鼓動が速くなってしまう。
「んで? なんでいきなりそんなことを聞いてくるんだ?」
「ちょうどね、久しぶりに一緒に昼食を食べようって話になってるのよ」
「は?」
カルラがそう言った瞬間、部屋の扉が開かれる。
そこから姿を現したのは、カルラと似ているプラチナブロンドの髪を揺らす可愛らしい少女で───
「し、失礼します……って、えぇっ!?」
……その
それを見たクロはそっと、未だに動こうとはしないカルラへジト目を向けた。
「……絶対さ、呼ぶタイミングか膝枕するタイミングが違うと思うんだが、どっちだと思う?」
「ふふっ、姉妹だろうが私は遠慮はしない性格なの。使える相棒特権は使っておくわ」
なんの話をしてんだよ、と。
クロは可愛い生徒への言い訳を考えるために、そっと天井を仰いだのであった。
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