立ち会い授業、終了

「勝者は……まぁ、言わなくてもいいわね」


 ダイヤモンドの柱が消えていく。

 それを確認したカルラは肩を竦めて、アイリスを背負うクロへ近寄った。

 なお、二人は───


「ふ、ふふっ……流石は兄様です、ますます惚れてしまいそうです……」

「おい、大丈夫か? 綺麗に当てたから大丈夫だとは思うが、あとでちゃんと医務室に……」

「いえ、結構です……これも兄様からの愛情表現だと考えればむしろご褒美……」

「お前はまともに心配すらさせてくれないのか」


 相変わらずのマイペースっぷりを見せていた。

 カルラは合流すると、苦笑いを浮かべる。


「お疲れ様。この子も負けたのに相変わらずね」

「タフネスなのか、ポジティブな精神が異常なのか……俺には判断がつかんがな」

「愛情が重いんでしょ、確実に」


 そういえば、と。

 クロは離れた場所で見ていたアイゼンへと視線を向ける。


「これでいいか?」

「ッ!?」

「別に不満ならお前とってもいいが……そもそも、学園長ばばあが認めた時点でてめぇらがどう思おうが知ったこっちゃないんだ。そこら辺、理解してくれ」

「〜〜〜ッ!?」


 何か言いたげに拳をワナワナと震わせるアイゼン。

 認めたくないという気持ちがありありと伝わってくる。

 それが余計にも馬鹿らしくて、クロはため息をついて己の担当する生徒達の下へと向かった。


「今のを見てまだ納得できない時点で、あの人の実力も知れたようなもんね」

「……所詮は戦場に立ったことのない井の中の蛙です。兄様とは比べること自体が烏滸がましいのです」

「まぁ、気に食わない理由も分かるがな」


 何せ、自分は自他共に認めるクズ貴族。

 プライドや誇りを持っている人間が土足で上がり込んで気に入るわけがない。

 それが同じ教師という立場であれば、なおさら気に食わないだろう。


「だな」

「どういうことです?」


 アイリスが首を傾げる。


「魔法士はこの世の事象に干渉できる人間だ。騎士が剣を握る努力をするように、魔法士は事象について考え続けなきゃいけない」

「だけど、この世で見てきた事象なんて限られてくるわけでしょ? いつかは自分の知っている固定概念を崩さなきゃならない時がくるの」

「未知を発見し、探究し、理解する……思い込みなんてしない、こっち側にいるやつはばかりなんだ」


 つまり、常識や固定概念に囚われることを知らない人間ばかり。

 クズだ馬鹿だあり得ない……なんて思っている人間とは、そもそも考え方が違うのだ。


「ま、学生には難しい話なんだけどな」

「むぅ……いつか兄様と肩を並べられるようになりたいです」

「なら、真面目に授業を受けることだな。何せ、今のアカデミーで魔法を教える人間はそういうやつらだ」


 王国の中でも最高峰の魔法士。

 その第七席と第八席が同時に魔法を教えているのだ。

 これ以上の環境はない。同時に、それらの根本を理解できる環境が揃っている。

 アイリスはクロの背中に顔を埋めながら「兄様を迎えてよかったです」と、生徒会長らしいことを思った。


 三人は少し歩いて魔法の授業を受ける生徒達の前へとやって来る。

 そして───


『あ、あのっ! 今の戦い方なんですけど!』

『どうすればあんな風に魔法を行使できるんですか!?』

『本当に『英雄』様だったんですね!? 今の、どこからどこまで想定していたんですか!?』

「何事俺モテ期!?」


 押し寄せる生徒達の群れ。

 きっと、圧巻な立ち会いからようやく我に戻れたのだろう。

 味わうことのなかったあまりの人気っぷりに、慣れていないクロは思わず戸惑ってしまった。


「落ち着け、ステイ! ハウス! 俺は箱から飛び出してきた王子様じゃないのよ人気者枠に入れられても困る!」

「ふふん、ようやく兄様の素晴らしさを理解しましたか……うぅ、頭が……」

「はいはい、ブラコンはこっち来なさい。応急手当ぐらいはしてあげるから」


 しっかりと頭にダメージが残っているアイリスはカルラに回収されて、訓練場の端まで連れていかれる。

 この場に残されたのは、教師であるクロ一人。

 頼れるサポーターが二人も離脱しやがった……ッ! と、群がる貴族子息子女に囲まれながらクロは舌打ちを見せた。

 一方で───


『ふんっ、多少魔法を使えるからって調子に乗りやがって』

『どうせアイリス様が手加減したんだろ』

『本当に第七席か怪しいもんだ』


 などなど、クロに群がらず嫌悪を滲ませる生徒の姿も。

 あの戦闘を見ても、未だにクロの存在が気に食わないようだ。


(アイゼンっていう教師もそうだが、貴族ばかりが集まる学び舎っていうのも考えものだな……)


 プライドが強くて、他者を見下したくなる。

 自分の方が特別なのだと、この環境を変えたくない。

 一年生の場合は若いが故に感情的になりがちだが、ある意味変化に流されやすい。

 簡単に言うと、注意して納得してくれれば真っ直ぐ育ってくれやすいのだ。

 逆に、特別意識を持ったまま育ってしまうと───


(……ま、俺が言えた義理じゃねぇが)


 堕落を好んで生きてきたクロは頭を搔いて苦笑いを見せる。

 そして、群がる生徒たちに向かって両手を上げた。


「分かったよ! 順番に答えてやるから一人ずつ喋れ! でも言っとくが、チャイムが鳴るまでだからな!? 勤務外労働なんかしてたまるかッッッ!!!」


 結局、クロは終了のチャイムが鳴るまでずっと実技の練習などなしに質問攻めに遭ったのだが……それは余談である。

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