魔法士の近接戦

 アイリスの頭に疑問符が浮かび上がる。

 自身の体をびっしりと挟み込むように生まれた透明結晶の柱。

 己の実力を過信しているわけではないが、ある程度の鉱石や岩は腕力で破壊できると思っていた。

 しかし、これは―――


「炭素の塊だ」


 不思議に思っているアイリスに、クロは答える。


「なんの変哲もない、単純な炭素。不純物すらない完璧な鉱石。これは炭素を強固に圧縮しただけのものだ。つまり───」

「……なるほど、ですか」

「正解」


 炭素原子の集合体を含んだ岩石が高温で溶けると炭素原子が出てくる。

 これが高温で高い圧力がかかる環境で炭素が強く結びつき、ダイヤモンドの結晶が形成される。

 本来であれば長い時間をかけて生まれるものなのだが、クロの魔法によって経過時間を省略、自在に生成することが可能。

 それによって生まれた鉱石は、世界一の硬度を誇る。


「さて、授業の続きをしよう」


 クロはアイリスの拘束を解き、一歩距離を取る。

 これで終わりなどもったいない。

 アイリスは口元を吊り上げ、漆黒の剣を握り直す。


(は、ははっ! アカデミーでこのような気分は初めてです! 流石は兄様です!)


 アイリスはアカデミーの中でトップの実力を持つ。

 それは、教師をも凌ぐほど。

 故に、上がいなかったのだ。ヒリつくほどの高揚感を与えてくれる人がいなかった。

 だからこそ、湧き上がる挑戦欲。

 兄に敵わないと、アイリスは、ご令嬢らしくもない獰猛な笑みを浮かべた。

 一方で、クロは生徒達に聞こえるように説明を始めた。


「何故、魔法士は近接戦インファイトの知識も有しておかなければならいのか? 単純な話……周囲がお前達の思っているように『魔法士は遠距離戦アウトファイト』という認識だからだ」


 魔法は基本的に新しい事象を生み出すもの。

 騎士とは違って、直接懐に潜り込まなくても遠距離から相手を狙うことができる。

 故に、それをメリットだと、分かりやすいアドバンテージだからこそ、自他共に戦闘方法の認識が固定される。

 そのため、魔法士はそのメリットに磨きをかけようとする。


「あぁ、分かっている。肉弾戦じゃ騎士には敵わない。俺達が魔法を学んでいる間に、彼らは自身の身体能力フィジカルを上げているのだからな」


 クロが生徒達に向かって言うと、一人の生徒が手を上げる。


『であれば自分達は魔法を磨くべきなのでは? 近接戦インファイトでは敵わないのなら―――』

「逆に言うが、もし近接戦インファイトに持ち込まれたらどうする?」

『そ、それは……』

「別に俺はと言っただけだ」


 生徒が口籠っている時、アイリスの体がまたしてもブレる。

 次に現れたのは、クロの右脇腹……完全なる死角。


(この距離であれば、先程の魔法は使えません! 何せ、行使する魔法の範囲に魔法士本人も重なっているのだから!)


 あとは剣を振り抜けばいい話。

 もう、兄だからといって容赦をするアイリスはいない。

 全力で、目に追えない速さの一振りを―――


「甘えたことを言っていると、こんな風に騎士は魔法士との距離を縮めようとしてくる」


 首を捻ったクロの真横から小さな石の礫が飛んでくる。

 クロの首によって隠されていた完全な死角。アイリスが狙っていたように、同じ方法で鋭い一撃が剣を振り抜くよりも先にアイリスの頭に叩き込まれた。


「ッ!?」

「それこそ、騎士の定石。言うなれば、魔法士は懐に潜り込ませないようにするのに対して、騎士は懐に潜り込むことこそを魔法士との戦闘での定石とする。何せ、と思い込んでいるからだ」


 アイリスの重心が後ろに下がる。

 その時、クロは鳩尾に向かって思い切り蹴りを放った。



 口元を吊り上げ、生徒達に……アイリスに向かって口を開く。


「この世にない神秘を追い求め、己の『願望』を叶えんとする生き物。定石に囚われている時点で、神秘学者としては落第点もいいところだ」


 あり得ないものを創造するから、あり得ることを前提にしてはいけない。

 あり得ないものを追い求め、多くの可能性について探求していく。


 これこそが、魔法士。

 現代の最高峰に立つ人間が認識している、魔法士の在り方である。


「想像してみろよ、相手は懐に潜り込めば勝てると勘違いしている騎士だ。そんな相手が、懐で戦われた際の想定なんてしていると思うか?」

『『『『『……………』』』』』

「想定から外れた時点で、想定していた人間に敵う道理なんてない」


 クロが地面に手をつく。


「そして、それを想定するのが魔法士だ」


 すると、距離が離れたアイリス目掛けて地面から幾本もダイヤモンドの柱が襲い掛かる。


(兄様、容赦なさすぎ……ッ!)


 持ち前の身体能力フィジカルで回避していく。

 右に転がり、身を捻り、後方に下がって。追いかけてくる柱を躱す。

 砕く……などという選択肢は、種明かしをされた時点で考えてはいない。

 何せ、この物体は世界一硬い鉱石なのだ———己の一振りで砕けるイメージが湧かない。


(確かに、あの女が木剣だと話にならないと言っていた理由が分かります!)


 軌道を逸らすために柱に剣を当てる。

 案の定、砕くイメージの湧かない鈍い感触だけが手に伝わった。

 これが木剣であれば、間違いなくこの一回だけで壊れていただろう。


(しかし、そもそも懐に入らなければ何も始まりません……ッ!)


 一つの柱を屈んで躱し、距離を詰めようと駆け出す。

 すると―――


「なッ!?」

「言っただろ、相手の想定外を想定するのが魔法士だって」


 眼前にクロが現れた。

 自分が距離を詰めようとしていたルートに先回りするような形で。


「別に肉弾戦を磨けって言っているわけじゃない」


 ゴッッッ!!! と

 次の瞬間、アイリスの後頭部に鈍い音が響いた。

 目の前にいたクロが何かをしたわけじゃない。、アイリスはクロを警戒してしまっただけ。

 それ故に生まれる一瞬の空白。

 だからこそ、背後から放たれた石の礫に意識を向けることができなかった。


近接戦インファイトでも戦える魔法も探求しろってことだ。相手が身体能力フィジカルを磨く間に、俺達は魔法士らしく魔法を学んでいるんだからな」


 アイリスの意識が薄れゆいてしまう。

 崩れ落ちそうになる華奢な体。クロはアイリスの体を優しく抱き留め、生徒達に向かってキッパリと言い放った。


「見た目かっこよさを重視して強大な魔法を必死に覚えるより、前線で戦うならまずは想定外を想定する方がいいと思わないか? 質問いいぶんがあるやつは、遠慮なく手を上げてくれ」


 結局、生徒達が手を上げることはなかった。

 何せ、質問いいぶんを見つけられないほど……今の戦闘に納得してしまったのだから。




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