実践授業

「……はい?」


 何をいきなりこんなことを言ってくるのだろう? クロはいきなり現れたアイゼンに首を傾げる。

 しかし、本人の返答を他所に───


「であれば、私が兄様と戦いますっ!」


 横にいたアイリスが勢いよく手を挙げた。

 そして、咄嗟にクロはその手を必死に下げさせる。


「お嬢さん、何勝手に言ってんだよ……ッ! 俺はよく分からん労働に付き合うつもりはないぞッ!」

「兄様、これも授業の一環です……ッ! 魔法士が騎士と立ち会う実戦は、魔法士を志す者には不可欠。せっかく向こうから提案してきたので乗らないわけにはいきませんッ!」

「ダウトだ本音を言ってみろッ!」

「兄様の力を引き出し、皆に見せつければ兄様の素晴らしさをお伝えできると思いました……ッ!」


 なら、なおさら首を縦に振るわけにはいかぬ。

 クロは必死にアイリスの手を下げさせようと力を込める。

 その時、剣術の教師であるアイゼンが割って入ってきた。


「アイリス……君が優秀なのは分かるが、ここは生徒の君ではなく教師の俺が戦うべ───」


 しかし、言いかけた瞬間。

 アイゼンの視界が唐突に一回転する。

 何が起こったのか? そう思い視線を上げると、そこにはアイリスの姿があった。


「そういうセリフは一丁前に私より強くなってから吐いてください」


 抵抗する間もなく、気がつけば。

 足を払われ、転げる間際に腰に帯剣していた木剣を奪い、突きつけられた。

 あまりにも鮮やかで速すぎる行動に、生徒達やクロですら思わず固まってしまう。


「先生がでしゃばると瞬殺されて兄様の素晴らしさをお披露目できないので、ここは私が戦います文句は受け付けておりません」

「……………………」


 アイゼンは自ら提案した話であるのに押し黙る。

 生徒にここまで言われて何も言い返せないのはアカデミートップの反感を買いたくないからか、それとも単に生徒に木剣を奪われた挙句に地面に倒されてしまったからか。

 いずれにせよ───


「(なぁ、もうちょい言い方があったんじゃね……?)」

「(兄様を愚弄する阿呆に払う敬意などありませんよ)」


 アイリスの好感度は、時すでに遅しのようであった。


「あら、何やら面白そうなことが始まるみたいね」


 騒ぎを感じたカルラが、好奇心を見せながら近寄ってくる。


「だったら、試合の立ち会いは私がするわ。何かあって止められるの、クロが相手なら私ぐらいだろうし」

「おいやめろよ、気遣ってますよ的な態度は!? やりたくないの勝手に進行させないでッ!」

「でも、授業の一環になるわけだし……」

「お前らさっきからなんでも授業ってワードを出せばいいってわけじゃねぇからな!?」


 とはいえ、何やら話が進んでいる空気はヒシヒシと伝わってくるわけで。

 アイリスもアイゼンの横で準備運動をし始めているし、剣術の授業を受けた生徒もこちらへ集まり始めた。


「……お前に任せるが、兄妹だからといって手加減はなしだぞ? アイツの化けの皮を───」

「いい加減シャラップですよ、先生。そろそろ私の堪忍袋の緒が切れてしまいそうです♪」


 魔法の授業を受ける生徒達もザワつき始めているし、今更撤回できるような空気ではなかった。

 そのことにクロは肩を落とすが、横に立っているカルラが耳打ちをしてくる。


「(まぁ、やってもいいんじゃない? アカデミー最強の妹さんと戦うだけで、授業は進ませたも同然なんだから)」

「(……なぁ、不穏なアイリスの肩書きを初めて知ったんだけど)」

「(あら、知らなかったの? あの子、剣術が主武器メインウェポンだけれど、実力の一点だけ言えばアカデミー内で右に出る者はいないわ)」


 関心を寄せなかったクロが知る由もないが、アイリスが生徒会長に選ばれたのにはしっかりとした理由がある。

 人望、成績、立場……色々あるが、一番はなんといっても総合的な突出したである。

 教師をも凌ぐほどの戦闘能力。その実力は、学生の身でありながらすでに王宮の護衛騎士からオファーが届いているほど。

 だからこそ、アイリスが立ち会い役を買って出てもアイゼンは文句を言えなかったのだ。


「(マジか……妹はそっち方面でも才能が開花していたとは。お兄ちゃんの嬉しいような悲しいようなの心境が襲ってくる……)」

「(元気出しなさい。頑張ったら、私がご褒美あげるから)」

「(ご褒美?)」

「(そう、ご褒美)」


 カルラは何故かほんのりと頬を染め、ゆっくりと口を開いた。


「(デートでも、ハグでもなんでもしてあげる。流石に婚姻前の男にそれ以上はできないけど……そ、その……あなたが望むこと、なんでもやってあげるわ)」

「(……………………)」


 それを聞いたクロは───


「(はぁ……分かったよ。あとでこっそり膝枕な)」

「(はいはい、了解。この甘えん坊さんめ)」


 カルラは嬉しそうな表情を見せると、クロの傍から離れる。

 そして、準備運動をするアイリスに向けて腕を振るった。

 すると、頭上から一本の黒く染った剣がアイリスの横へと突き刺さった。


「それを使いなさい」

「……これで兄様に怪我でもしたらどうするつもりなんです?」

。五秒でノックダウンされたくなかったら、大人しく使いなさい」


 アイリスも、他の生徒達も意味が分からなかった。

 木でできているとはいえ、それなりに丈夫に作られたものだ。

 当たりどころが悪ければ命も落とすし、怪我だってする。それなのに、話にならないとは。

 カルラの言葉にアイリスは眉を顰めるが、兄の凄さを信じて剣を手に取る。

 それを見て、クロは大きくため息をつき───


「……っていうわけだ。今日の授業は近接戦を主軸とする相手との立ち回りの仕方についてだ」


 クロは少し離れた魔法の授業を受けている生徒に向かって言い放つ。


「基本的に魔法は遠距離や中距離を目的とした武器。ある程度魔法を学んできたお前達はそういう風だと自然に認識イメージしていることだろう」


 その間に、カルラは「!」と、クロのことを気にせず口にした。


「だが、それは間違いだ」


 アイリスの体がブレる。

 すると、クロの背後へ一瞬にして距離を詰めたアイリスが剣を振り上げた。

 目で追えない程の速さ。気がつけば背後。

 いきなりアイリスが迫ってきたことに、生徒達のどこからか声が聞こえた。


『あ、危な……ッ!?』


 だが、クロは背後を振り向かない。

 その代わり───


『『『『『ッッッ!!!???』』』』』


 アイリスの体の空いた部分に、


「あらゆる可能性を想定し、あらゆる行動に対処する知識を有しないといけない」


 つまり、と。


近接戦インファイトもできてこその魔法士」


 クロは振り返り、輝く柱に挟まれて身動きの取れなくなった妹へ口元を吊り上げた。


遠距離戦アウトファイトだけが魔法士の戦いじゃないってことを、今日の授業の主軸としようか」

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